くいだおれ太郎の恩返し
こんにちは。
PR会社コミュニケーションデザインの江里です。
さて、質問です。
ここ数ヶ月でもっともメディアに露出した関西人は誰でしょう?
橋下知事じゃありません。桂三枝師匠でもないはずです。
推測ではありますが、くいだおれ太郎ではないでしょうか。
“関西人”と呼ぶには少々語弊がありそうですが、
くいだおれ太郎とは、7月8日をもって、60年の歴史に幕を閉じた
大阪の名物食堂『くいだおれ』のシンボル的キャラクター。
店の経営状態悪化によって閉鎖決定とともに、その処遇が話題となり、
母屋である店の存続問題以上に、連日くいだおれ太郎の今後について
あの手この手で報道が続いています。
くいだおれ太郎のメディア露出をはじめとする、そのPRによる経済効果は、
宮本勝浩関西大大学院教授によれば、なんと35億円(年ベース)にも昇る
のだとか…。
しかも、店ではなく、くいだおれ太郎の商標権に関して
200件以上もの引き合いがあり、数十億単位で売買されるとの
噂も飛び交っています。
こうなると、くいだおれ太郎は、生死の境をさ迷っていた生みの親
(食堂『くいだおれ』)を救うと言っても過言ではないでしょう。
長年続いた店や遊園地などが閉鎖となり、一時的に話題を集めることは
よくあります。
最近ですと、東京は上野の大衆レストラン・聚楽台が今年4月に操業49年で
終止符を打ったことが、多数報道されました。
しかし、閉店を惜しむ報道によって、店自体が復興に至るまでの恩恵を
こうむったという話は聞いたことがありません。
くいだおれ太郎は、名実ともに「お金を生み出すPRマン」となったのです。
この孝行息子、太郎について、ちょっと考察してみることにしました。
そもそも食堂『くいだおれ』は、
創業者の山田六郎さんが戦後焼け野原になった道頓堀を見て、
復興に寄与したいという思いから、建てた食堂です。
山田六郎さんの遺言には「支店を出すな」「家族で経営せよ」
「看板人形を大切にせよ」と記されていたそうです。
そしてその言葉は後身に受け継がれ、この程設備等の老朽化や家族経営の
限界等を理由に、閉店を発表したのでした。
閉店発表後の3ヵ月間は、「さよならくいだおれフェア」と銘打って
色々な催しが開催され、お店は常に満員御礼状態。
太郎自身も各イベントへの引き合いがすさまじく、
話題作りには事欠かないという状況でした。
その一部は以下のような具合です。
1、くいだおれ太郎が一日郵便局長
太郎切手発売のPR
2、くいだおれ太郎獲得検討!
阪神・球団社長が「大阪名物くいだおれ」の閉店にともない、
「くいだおれ太郎」獲得に名乗りをあげる。
3、くいだおれ太郎、映画プレミアで初上京!
・太郎がレッドカーペットを歩く
・くいだおれ太郎、ミュージカル観劇
などなど。
こうした太郎のめざましい活躍により、
日を追うごとに新聞やテレビをはじめとするマスメディアに
『くいだおれ』に関する報道は増加の一途を辿ります。
そして、前述のように、最終営業日まで『くいだおれ』を満員にし続けたのです。
しかし、意外なのは、太郎は閉店発表前から人気者であったにも関わらず、
これまでは食堂の『くいだおれ』自体の売り上げには
それほど貢献してこなかったという事実です。
くいだおれ太郎が全国的に脚光を浴びるようになったのは1992年頃のこと。
阪神タイガースが優勝しそうになると、熱狂したファンがくいだおれ太郎を
道頓堀に投げ込もうとして騒動となり、それを抑止するために
「わて、泳げまへんねん」という吹き出しをつけて店頭に登場したのがきっかけ
だと言われています。
それ以来太郎は、「面白い吹き出しをつけるユーモアたっぷりの人形」として
注目され、頻繁にマスコミに取り上げられるようになりました。
大阪で大きな行事があると、必ずと言ってもいいほどくいだおれ太郎の反応が
フォーカスされるようになり、強烈なブランドパーソナリティを築き上げたのです。
しかし、その間食堂『くいだおれ』が大盛況になるわけでもなく、
太郎の人気だけがどんどん一人歩きしていくのです。
つまり、子が親を食ってしまうほどのブランド力を備えてしまったのです。
宣伝素材であるにもかかわらず。そして、最後の最後、閉店という状況に
追い込まれた段階で、太郎は食堂『くいだおれ』にすさまじい恩返しをしたという
どんでん返し。
これこそ、究極のブランディング効果だと言えないでしょうか?
空間クリエイティブカンパニー代表の谷川淳司氏の言葉を借りると、
「人と人とのふれあう場」から生まれる「印象の積み重ね」こそ
「ブランドの実体」であるとのこと。
くいだおれ太郎に、私は谷川氏の格言を具現化した、
ブランド構築の成果を見た気がしました。
「人と人とのふれあいの場」に人形を配置して、印象をすりこむために
「キャラクターの日常に変化をつけること」を、約60年もの間積み重ねてきた結果、
太郎は最後の最後で親である食堂『くいだおれ』を救うほどの孝行を果たした…。
クリエイティブ戦略家の関橋英作氏は、
「(商品やサービスを)好きになってもらうことがブランディング」
だと言います。
60年間にわたり、連日溢れんばかりの人々が往来する道頓堀で
愛嬌を振りまき続けた結果、くいだおれ太郎は全国区レベルで
「好きになって」もらえるようになりました。
そして、今、
太郎は値数十億円とも言われるブランドパワーを備えるまでに至りました。
宣伝用に用意されたくいだおれ太郎ではありますが、
「食堂の売り上げを高めるために使わない」と食堂の店主は我が子のように
可愛がったとも言われています。こんな店主のいやみのない姿勢も、
好感度をより高めた要因であったような気がします。
お金を生み出すほどのブランディングは、ガツガツせず気長でなければ
成就しないのかもしれません。
太郎には60年後の恩返しとして、女将はもちろん、
大阪全体に経済効果をもたらせるように第二の人生を送ってもらいたいと思います。
太郎は、しばらく自分探しの旅にでています。今後の動向を温かく見守りましょう!





