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2008年11月19日

ビートルズのPRマン、トニーバーロウのPR術

こんにちは。
PR会社コミュニケーションデザインの池元です。

先週のメルマガはアメリカの大統領のお話でした。
少し早めですが、11月29日はジョージ・ハリスンの命日。
今週はイギリスのロックバンド「ビートルズ」のお話をいたしましょう。

1962年デビューのビートルズはアメリカを制覇。
イギリスが映画でも、スポーツでも、音楽でも、
ことごとくアメリカの後塵を拝していた時代に。
奇跡とも言われる彼らの成功の裏に
PRパーソンがいたことはあまり知られていません。
もちろんブランディング戦略があったことも。

ビートルズにはデビュー当時からトニー・バーロウという
専属のPRマンがいました。
名曲、『ア・ハード・デイズ・ナイト』。
ビートルズは「犬のように働かされて……」と歌っています。

アーティスト活動はPRの立場からも、管理されていました。
ラジオ収録に参加した際は、見物にきた観客に向かって、
シングルにあわせて歌うように指示されていたのです。
イメージ付けのためでした。

トニー・バーロウはデビュー当初から、10代をターゲットとした雑誌に、
できるだけたくさんビートルズの特集を組むよう手配します。
ローティーン向けの媒体への露出は、
趣味趣向の基礎が形成される思春期の読者に響くと確信していたからです。
根強いファン層の獲得策でした。

ビートルズが66年にツアーをやめた後の
レコード売り上げにも確実につながってゆきます。
63年~69年まで、毎年クリスマスに贈り届けるようにしたのが
「ビートルズ・ファンクラブ・クリスマス・レコード」。
ファンクラブ会員にだけのプレゼントです。

内容は、4人のジョーク、パフォーマンスが織り込まれたクリスマスメッセージ。
会員が自慢できる貴重なコレクションとなりました。
またプレスリリースや、ファンクラブ会報でファンのことを
「ビートル・ピープル」と呼ぶなど差別化、優遇することで囲い込み、
ファンを大切にするバンドという意識醸成を進めていきました。

PRのチャンスや商機を逸したと言われるのが、キャラクターグッズ販売。
デビュー直後から注力していれば、簡単に数百万ドルを稼げていたでしょう。
4人が、本業である音楽と無関係の商品を売って、
バンドの品格を汚されることを危惧していました。
ファンからお金を絞り上げる商売だと決して思われたくなかったのです。
ビートルズ自身の想いであり、ブランディング的な判断でもあったのです。


デビュー当時、雑誌の編集部やラジオ局に連れまわされていたビートルズ。
トニー・バーロウと一緒にメディア訪問を繰り返していたのです。
欧米各国でのコンサート、ワールドツアーを通じて
彼らはアメリカだけでなく、世界にその名をとどろかせていきました。
たった数年で。

徹底したPR活動が彼らを、1970年の解散後もなお、
決して忘れ去られることのないバンドに育て上げたのでしょう。
PRパーソンの戦略なしにビートルズの成功は語れないと言っても
過言ではありません。

流行を超え、スタンダードとなったビートルズ。
彼らの歴史から学べることは、「なにか」まだまだ沢山ありそうです。


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