【対談第二回】ソーシャルメディアマーケティングができることは? トライバルメディアハウス池田紀行氏

広報・宣伝担当者にとって、今やソーシャルメディア対策は外せない重要なテーマである。そこで、今回インタビューしたのが、「ソーシャルメディアマーケティング」の第一人者として広く知られる株式会社トライバルメディアハウス代表取締役社長の池田紀行氏だ。
2010年4月10日に、ソーシャルメディアマーケティングの取り組みについて体系的にまとめた新書「キズナのマーケティング」を出版された。今回、ソーシャルメディアマーケティングに関する誤解や正しい進め方、今後の可能性などについて伺った。

(2010年3月16日対談収録)

第一回目 ソーシャルメディアマーケティングができることは?

玉木:まずは、「ソーシャルメディアマーケティング」について多くの方が持たれている誤解や過剰な期待について教えていただけますか?

池田:今月も多くの企業さまからお引き合い頂き、お話をお伺いしているんですが、みなさん、本当に同じことをおっしゃるんです。広告宣伝予算は以前より絞られていて、マーケティング目標は変わらない、もしくは更に高い目標を目指されているのです。それを従来のコミュニケーション施策の選択肢の中から実現しようとすると、消去法で「テレビCM」は打てないし、「新聞広告」も出せない。「PR」は既にやっているとなると、今だったら「ツイッター」が一番わかりやすいだろうと。

そこで、今求められることは、お金はあまりかけずに、クチコミでバーンと広げて認知を高めたいとか、消費者の人たちの選択肢にまだ入っていないブランドを、商品を買うときの選択肢の1個に加えたいとか、今持たれているブランドの認識やイメージを変えていきたいなどですね。「広告宣伝予算がすごく絞られているので、何とかソーシャルメディアで解決しよう」というふうに、魔法の杖のように考えている方が本当に多いんです。

「ソーシャルメディアマーケティングが魔法の杖ではない」ということは、今年、僕が広告主の口からすごくたくさん出てくる言葉にしたいんです。

「魔法じゃないんだね。その上でできることから始めよう」、「潜在顧客との関係性をつくりはじめるためにはソーシャルメディアは有効」、「中長期的な競争力をつくるためには消費者とのキズナづくりが大切」、「じゃあ、そのキズナってどうやって測るの?」、「作ると何かいいことあるの?」というように変わってくることを期待しています。

玉木:それだけ過剰な期待が多いということですね。

池田:解決したい目標が、ソーシャルメディアマーケティングの弱みであるケースがすごく多いんです。たとえば、本の中でも書いていますが、ソーシャルメディアマーケティングは「認知の獲得」は非常に弱いんです。また、上長から「短期的に商品がどれだけ売れたのか」ということを言われてしまうので、結局、その担当の方も効果測定の仕方に迷われます。3カ月や半年といった非常に短い期間で消費者とのキズナを作ったり、パーセプションを変えたり、商品の売上にどれだけ影響したのかを測定したいなどですね。中長期的な取り組みとなるソーシャルメディアマーケティングでこれらを短期的に解決することは非常に難しいんです。

玉木:なるほど。


池田:そのために、最近は、嫌われ役を買って出る役割もしています。上長の方が「ソーシャルメディアは広告やPRを代替するもの」という認識なので、部下の方が言っても「お前が知らないだけで、できるところ(エージェンシー)もあるだろう」という感じになってしまうんです。

そこで、私が上長の方と直接お話をしたり、社内のソーシャルメディアトレーニングや勉強会を通して、「できること・できないことをまずは1回正確に把握をした上で、今のマーケティングやコミュニケーション上のギャップをしっかり分ける。そのうえで、何から手を付けていって、現実的にはどっちに行くと失敗して、どうすると成功の確率が上がるのかというところを考えていかないと話が噛み合いません」とお伝えします。「まずは現実を正しく把握した上で、やる、やらないを評価した方がいいんじゃないですか?」と。
ですので、弊社では決して「ソーシャルメディアマーケティングを始めましょう!」という「始めることありき」の提案は行いません。「傾聴戦略」は重要なので、まずはソーシャルメディアでの声を聴くことから始めましょう、という提案はしますけれど。

玉木:池田さんの実感でいうと、「ソーシャルメディアは魔法の杖」であると誤解をしておられるお客さんって割合で言うとどのくらいですか。

池田:どうですかね、8割ぐらいじゃないでしょうか。

玉木:大手企業でも?

池田:はい。

池田:「バブル」という言葉は嫌なんですけど、完全なブームになっているので、やらなければいけないという問題意識はほとんどの企業の方が非常に強く持たれています。他社もやっているし、自社も何かやってトライ&エラーをして関係者に説明しないといけないという事情もあります。「ソーシャルメディアが魔法の杖でないことは良くわかった。目が覚めました」ということで、最終的には地に足のついた活動をしっかりと開始していきたいという感じに落ち着きますね。

続けられることから始める

玉木:なるほど。ツイッターは、あんまりお金がかからないイメージがありますよね。一生懸命担当者が頑張って書き込みすればいいのかなと。一番お金がかかるという部分ってどういうところですか?

池田:ツイッターは表面上、お金がかからないように見えますが、当然ながら社内の人的コストはかかります。ツイッターだと慣れないうちは、1人でベタ付きで仕事の6割ぐらい、3分の2ぐらいは費やす負荷があると思います。兼任でやるように言われても、上長も含めてその負荷を理解していないと後々大変です。
ツイッターも「リリース発信型」や、「会話型」、「アクティブサポート型」など、やり方がいろいろあります。自社がツイッターの戦略類型の中でどれを選ぶことが最適なのかということを考える必要があります。
とにかく1回始めたら半年、1年は絶対続けていかなければいけない関係性づくりなので、「消費者との関係性づくり、思ったよりも大変だったので、うちはもうやめたんです」というわけにはいかないですよね。

基本的には始める前に過剰な期待をなくして、続けられることをまずはやり始めるということが、重要だと思うんですよ

玉木:結構、多くの企業さんが今、担当者を張り付けてそういう活動をやっているわけですね。

池田:始めているところはものすごい多いですね。ただ、おそらく半分ぐらいの企業は期待が過剰すぎるために撤退するんじゃないかと危惧しています

ソーシャルメディアマーケティングの未来

玉木:ソーシャルメディアマーケティングの中心は、今後、ツイッターになってくるんでしょうか?どういうふうになってくると思いますか?

池田:ソーシャルメディアマーケティング活動の中心はどんどん変わっていくと思います。ツイッターが今、SMM活動の中心になっていると思っているのは、広告やPR、ITなどのマーケティング業界の人たちだけで、世間一般の日本のマジョリティを形成している方々の感覚からすれば、「ツイッターって今どう?」「え?なにそれ」みたいな感じですよ。広告業界の人たちとのギャップが大きすぎるんですね。

玉木:なるほど、確かにそうですね。

池田:ユーザーはこういうときはミクシィ、こういうときはフェイスブック、こういうときはブログ、こういうときはツイッターっていうのを、無意識で人は使い分けをします。
ですから、何でもかんでもツイッターが良いわけではなく、ターゲットのインサイトやコンタクトポイントを把握したうえで、目的に応じてコミュニケーションの場を使い分けていくことが重要です。そのためには、ソーシャルメディアマーケティングを考える前に、まずマーケティング戦略やコミュニケーション戦略全体を考える必要があります。すごく当たり前のことなんですけどね・・・。

玉木:話は少し変わりますが、御社では、ソーシャルメディアマーケティングの効果測定というのはどのようにやられていますか?

池田:弊社では、効果測定の指標をかなり明確にして実証するようにしています。当然、一般的なWebの効果測定指標は全部とります。
たとえば、PVやUU数などですね。それら以外には、アクティブサポート型のツイッターであれば「ありがとう」と何回言われたかや、問題解決を何回できたかというのも1つの指標だと思います。それだけだと十分ではないので、場合によってはブランドの好感度がどう変わったのかとか、購買行動がどう変わったのかとか、純粋想起はどう変わったのかとか、そういったことまで細かく調べる必要があると思います。

効果測定で間違ってはいけないのは、ソーシャルメディアマーケティングの活動はリスティング広告のように顕在需要の刈り取りを行う「費用対効果(効率重視)」では測定できないということです。ブランディングやエンゲージメントなど、潜在顧客の顕在化を図る「投資対効果(効果重視)」で測定する必要があります。

ソーシャルメディアは中小企業の救世主?

玉木:戦略PRや広告とソーシャルメディアマーケティングなど、組み合わせが大事だと思います。大手企業であれば予算もたくさんあっていろんなことができると思うんですが、例えば中堅・中小企業さんになった場合、広告費は十分にないことが多い。PR活動も何とか自社だけでやろうという会社も結構あったりして、そういう場合にソーシャルメディアマーケティングで何かできることってあるのかなと。やはり中小企業には無理なんでしょうか?


池田:そういう意味では、むしろソーシャルメディアマーケティングは中小企業の救世主になる可能性はすごくあると思います。結局広告は、マスメディアにどれだけ長い間、多くのメディアで広告を打てるか、もしくはPRで取り上げられるかというスペースの戦いだったわけですよね。だからこそお金が必要で、お金を持っている企業が大きく出せる、長い間出せる、言いたいことが言えるみたいな感じでした。
ところが、ソーシャルメディアはオープンかつフラットなので、頑張っている企業人や、いい商品というのは、しっかりとしたコミュニケーションを行えば、その中でしっかりと消費者に支持されて、目立っていくことができるチャンスは、他の媒体とかに比べるとはるかに大きいと思うんです。
本にも書きましたけど、これからは全てがオープンな場で公開される「商品丸裸時代」になりますので、いい商品はいいとクチコマれるし、悪い商品は悪いとクチコマれ、それなりの商品はクチコマれないという時代になります。ですので、中途半端な商品を作って何とか売りたいのであれば、ソーシャルメディアマーケティングは不向きだと思います。

ソーシャルメディアは、良いものは良い、悪いものは悪いという事実の拡声器なんです。ですから、まずは重視すべきは、当然と言えば当然ですが、「本物」になることです。

玉木:サービスや商品の質を上げましょうということですね。

池田:そうです。それがソーシャルメディア時代に、一番最初に中小企業がやることだと僕は思います。「うちは他の競合他社よりもちょっとこの機能が劣っていて、価格も若干高いんですよ」っていうんだったら、ソーシャルメディアなんてまず手を出すべきではないんです。コミュニケーションの前に、まずは圧倒的にナンバーワンになる。技術開発や商品開発やサービスのクオリティの向上、CS(顧客満足度)のアップなどいろいろありますよね。顧客が満足してくれて初めて、ソーシャルメディアという拡声器を使って、もっと多くの人たちに知ってもらうことが大前提なんです。

玉木:本日はありがとうございました。

株式会社トライバルメディアハウス代表取締役社長 池田紀行(いけだ・のりゆき) 1973年 横浜市生まれ。マーケティングコンサルティング会社、ビジネスコンサルティングファーム、マーケティングコンサルタント、プランニング事務所を経て、ネットマーケティング会社のクチコミマーケティング実践機関WOMM Lab.(Word-of-Mouth Marketing Laboratory: クチコミマーケティング研究所)責任者に就任。2006年、バイラル先進国であるイギリスのクリエイティブブティックとバイラルマーケティングを専業とするジョイントベンチャーを設立、代表取締役に就任。翌年、ソーシャルメディアを中核とした企業のコミュニケーション戦略策定及び実行を支援する株式会社トライバルメディアハウスを設立し、代表取締役社長に就任。 著書に「キズナのマーケティング」(アスキー新書)、「ムダを省き効果を最大にする Webディレクションの手法80」(共著:CGMマーケティング担当:MdN)などがある。