SNSの重要性が年々高まり、メディアリレーションに加え、SNS運用というミッションも背負うことになった企業広報も多いのではないだろうか。業界により、どのSNSが合うかも変わってくるが、近年の傾向として動画は欠かせなくなってきている。
「YouTubeショート、TikTok、Instagramリール…色々あるけど、何をどう進めるのが正解!?」
と、頭を悩ませる広報も多いようだ。
そんな企業広報の参考になる会社はないかとリサーチしているときに目についたのが、長崎バイオパークだ。
テレビやWebメディアでよく長崎バイオパークの動画が紹介されていたり、SNSをきっかけとした取材がとても多い。
中には、「動物園だから動画もやりやすいでしょ?」と思う方もいるかもしれない。
そうかもしれないが、それだけではこれほど注目されないことも確かだ。
そこで、今回は長崎バイオパークの取締役CMO・神近公孝さんに、SNS運用の目的からどのように動画の企画を立案しているかなど細部まで話をうかがった。
(編集長)
この記事の目次
カバの動画が1億6000万回再生!YouTubeを注力するきっかけに
編集長:最近、バラエティ番組や情報番組で長崎バイオパークさんをよく見ます。大半がTikTokなどSNSをきっかけに取り上げられているイメージがあり、SNSや動画の活用法を中心にお話を伺いたく、取材依頼をさせていただきました。
神近さん:ありがとうございます。確かに、動画だけ使いたいといったお問い合わせも含めるとかなりの数のお問い合わせをいただいています。また、動画きっかけで、それと同じようなシーンをもう少し深堀して撮影したいといった取材も増えています。
編集長:TikTok、YouTube、Twitter、Instagram、Facebookと主力のSNSはほぼすべて展開されていますが、SNSに注力され始めたのはいつ頃からなのでしょうか。
神近さん:段階的に運用するSNSを増やして今に至るのですが、元々新しいことにチャレンジする風土のある会社ということもあり、YouTubeは2007年から始めています。HIKAKINさんが2006年12月なので、ほぼ同じ頃からですね。
ただ、当初はいわゆる企業公式アカウントのようなインフォメーション動画を公開していたのですが、Twitterの影響を受け、YouTubeの在り方を変えてきました。
7年前頃、Twitterで投稿したネタツイートがウケ始めたんです。それで、ちょっと変わったことをしても受け入れてくれるんだ!と。
そこで「カバのスイカまるごとタイム」という動画をYouTubeで公開したところ、大きな反響がありました。今では1億6000万回くらい再生されています。
このこともきっかけとなり、YouTubeもこれまでとは違う感覚でチャレンジしなくてはいけないと思うようになりました。
編集長:動物園で動きのある映像が撮りやすい環境にあるので、YouTubeに注力されていったのでしょうか。
神近さん:きっかけは違います。Twitterが2012年とかなり早くから始めているのですが、割と早い段階で12~13万フォロワーまで伸ばすことができました。ただ、そこでネタに苦しくなって、Twitter以外の可能性を模索し、YouTubeに力を入れ始めたところ、カバの動画がバズって、これからはYouTubeだ!という流れになったんです。(笑)
その後、TwitterやYouTubeが上手くいきはじめ、4年前くらいからTikTokも始めることになったという経緯です。
“踊る”以外の新たな活用法でTikTok社も注目
編集長:企業としては比較的早いタイミングでTikTokも始められたのですね。
神近さん:ただ、長崎バイオパークの公式アカウントにしたのは、コロナ禍で休園を余儀なくされたときからです。それまでは、私の個人アカウントとして、動物の動画を公開していました。
当時から、次はTikTokが来ると言われていたので、長崎バイオパークでもやっていきたいとは思ったのですが、TikTokがうちに合うかどうかわからなかったので、試しに個人アカウントから始めてみました。そうしたら、TikTokさんが私のアカウントを見つけて声をかけてくださるようになったんです。
編集長:どういうことですか?
神近さん:TikTokって当時は、若い方が音楽に合わせて踊る動画を公開しているSNSのようなイメージがあったと思います。そんな中、長崎バイオパークはTikTokを使った新しいスタイルの動画を公開しているということで、TikTokさん側も新たな可能性を発信するため、我々の取り組みをプレスリリースにして出したいと言ってくれたんです。また、東京のプレスに対してもどのように活用しているか等、話をしてほしいと呼んでいただいたりもしました。
そういった後押しもあり、TikTokを見てくださる方が増えていきました。
編集長:TikTokから声がかかった段階というのは、まだ個人アカウントのときですよね?
神近さん:そうです。飼育員さんZooKeeperというアカウント名でした。(笑)
編集長:神近さんの感度の高さ、すごいですね!ずっと飼育員一筋のキャリアだったのですか?
神近さん:いえ、元々は東京にあるテレビ番組の制作やタレントのマネジメントをしている会社に勤めていて、通販番組の制作などをしていました。15年ほど前に地元に戻ってきたときに、改めて長崎バイオパークってすごい面白い場所だなと思い、入社しました。広報がしたくて入ったのですが、最初は飼育員もしましたし、人事総務やレストランスタッフなど色々やっていました。
編集長:なるほど!感度の高さや映像活用のお上手さなど理由が分かった気がします。
TikTokは海外、YouTubeは国内のファン化を意識し展開
編集長:TikTokは現在1.4Mフォロワーとすごいですね。特にカピバラやモルモットの動画に対する反応が良いように思いましたが、何か傾向はありますか。
神近さん:世界的にカピパラは人気のようですね。長崎バイオパークのTikTokは海外への発信を意識し展開していて、メインの視聴者はアメリカの方なのですが、韓国や台湾などのアジアやヨーロッパからもよく見られています。日本は7%くらいなのですが、その中でもカピバラはよく見られていますね。
編集長:TikTokは海外を意識されていたのですね!
YouTubeもそうなのですか?1年前に公開され87万回も再生されている「超巨大カピパラ史上最大97キロのジャンポスイカタイム」もコメントをみると海外の方からのコメントが多かった印象です。
神近さん:YouTubeも最初は海外を狙っていたのですが、3年前くらいに方向転換し、今は日本国内で密なファンを作っていくというコンセプトで運用しています。とはいえ、海外の方も見てくださっているので、視聴者層は7割が日本という状況です。
編集長:YouTubeを始めた当初と今を比較すると、コンセプト以外で違いはありますか?
神近さん:カバの動画は1億6000万回再生されましたが、最近公開している動画一本あたりの視聴時間はその頃の6~7倍に伸びてきています。つまり、コアなファン層が増えていると言えると思います。
YouTubeショートとTikTokとの違い~制作で意識するポイントとは?
編集長:最近、YouTubeショートが出てきて、御社もショートを公開されていますが、YouTubeショートとTikTokではどう差別化しているのでしょうか。
神近さん:TikTokはやはりミーム(meme)、つまり流行りのパターンをある程度意識し、一定の割合でミーム動画を公開しています。奇跡の瞬間が撮影できれば、再生回数はもちろん伸びるのですが、なかなか奇跡の瞬間は撮れないので。そういう意味ではミームを意識した方がバズりやすいと考えています。
とはいえ、相手が動物なので…。そこは大変なのですが、色々工夫したり、逆にこちらの思惑を外してくれることで、楽しんでもらえる動画が撮れることもあります。
一方、YouTubeショートは、まだ始めたばかりですが、YouTubeの本編動画をみてもらうための入り口として、本編動画のハイライトで一本の短い動画をつくるイメージでいます。
編集長:YouTubeの本編動画はどういったことを意識されているのでしょうか。
神近さん:ある程度戦略は立てていますが、その時々の反応を見ながら進めています。
例えば、これまでは一つの路線として、ジャンボスイカやジャンポかぼちゃなど色々なものを食べている動画を公開してきました。これもそれなりの再生回数にはなっているのですが、今年に入り、飼育員が長崎バイオパークの楽しみ方を案内する動画も始めました。
これまでは、動物園の案内なんて映像としてつまらないという感覚でした。ただ、現在は、長崎バイオパークや飼育員のファンの方が増え、働いている人間がどう長崎バイオパークを楽しんでいるかを楽しみにしてくださるようになっています
実際、私のほうで長崎バイオパークの楽しみ方動画を公開したところ、10万回くらい再生され、他の日よりも少し成績が良いくらいでした。
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こういった反応からも視聴者層が変わってきており、関係も濃くなってきていると感じています。それに伴い、様々な情報を楽しんでいただけるようになってきていると思っています。
今後も新たな路線の動画をどんどん作り、より楽しんでいただけるバリエーションのあるYouTubeにしていきたいと考えています。
編集長:視聴者の反応をみつつとおっしゃっていましたが、再生回数と再生時間を指標にされているのでしょうか。
神近さん:どちらかといえば、再生時間です。再生回数は動画に拍がつくので、重要視していないわけではないのですが、ファンの方たちの心をしっかりつかめているか、ロイヤリティという意味では、再生時間を気にしています。
企画に困っても立ち止まらない!ライブ配信も活用し、コミュニケーションを活性化
編集長:色々意識しながら動画の企画を継続的に考えるというのは、結構大変だと思うのですが、何かコツや工夫はありますか?企業広報で、ネタに困っている方も多いと思いまして。
神近さん:ネタは、過去に反応が良かったものの切り口をかえてみたり、世の中で流行っている動画を長崎バイオパークバージョンでできないかといったことを日々考えています。でも、「これだ!」というネタが全然思い浮かばないということもあると思います。そういうときは、足踏みしないで、何かやってみるというのも一つの手だと思っています。
我々も最近、動物たちの「普通の朝ご飯」動画を始めました。今までは意外性というかインパクトのあるものを食べている動画だったのですが。結果、標準的な結果が得られました。
ネタに困ったらこういった方法もあるのかなと。案外それがきっかけに新たな可能性に気付くこともありますので。
編集長:YouTubeとTikTokは、どのくらいの頻度で公開されていますか。
神近さん:YouTubeは基本2日に一回です。夏休み時期などは多く公開するので、多少波はありますが。TikTokは投稿もしつつ、徐々にライブにシフトしてきています。例えば、カピバラの露天風呂は皆さんとても喜んでくれます。同時接続で1万人が視聴してくださることもあるのですが、コメントしてくださった人とコミュニケーションを取ったりしながら進めています。1時間くらいライブをすると10万人近くの方が見てくださることもあります。
編集長:TikTokライブを見に来てくれる方は、フォロワーがメインですか。
神近さん:それ以外の方が相当多いと感じています。
今、カピバラがすごく人気なので、それ以外どんなライブをしようか検討中です。最初は求められていることに応えることが重要だと思うのですが、今後については、カピバラをきっかけに長崎バイオパークを知ってくださった方やファンになってくださった方と、より関係値を深め、インパクトが大きい動画でなくても見てくださるような関係を築いていきたいと思っています。
SNSでコミュニティ形成・ファン化が加速
編集長:神近さんが最初にSNSを始めた頃は、長崎バイオパークをもっと知ってもらいたいという認知拡大が大きな目標だったと思いますが、現在、SNSにはどういった役割を期待されていますか。
神近さん:そうですね、当初は認知に重きを置いていましたが、今はだいぶ変わってきています。
我々は、動物園の運営側ではあるのですが、SNSの活用により、動物好きコミュニティの一員にもなれています。
どういうことかというと、たとえば動物や飼育員に差し入れを持ってきてくださるお客様がすごく多いんです。仲間意識をとても持ってくださっているといいますか、そういう雰囲気をとても感じます。
過去に2回ほどクラウドファンディングも行いましたが、非常に多くの方が支援してくださったり、動画で飼育員がノドの調子が悪いと話したら、ハチミツを差し入れしてくれるお客様までいます。
“仲間だから大変なときは応援したい、助けたい”と思ってくださっているのが、とても伝わってきます。
このようにコミュニティ形成の役割は非常に期待しています。
編集長:コミュニティ化のお話は、すごく興味深かったです。
神近さん:コミュニティであるためには、双方向であることが非常に重要ですよね。今までは公式アカウントから一方的な発信が多かったと思うのですが、長崎バイオパークの場合、ライブを頻繁に行い、そこでコミュニケーションを取ることで、仲間のような存在になっていることが大きいと思います。
編集長:コミュニティ化が進み、コアなファン層も増えているということでしたが、実際、来園者数も増えているのでしょうか。
神近さん:私が着任してからの15年間で、今が一番来園者数が多いです。
編集長:カピバラに会いたいとか、あの飼育員さんに会いたいという感じで来園される方も多いのでしょうか。
神近さん:かなりいらっしゃいます。園内を歩いているとよく声をかけていただきます。今、広報PRは私を含め3名で行っているのですが、よく顔を出している社員は、タレントさんが来て撮影をしているのに、タレントさんより来園された方から声をかけられていることもあります。(笑)
お客さまから声をかけてくださるという環境ができて、飼育員の接客もすごくよくなりましたし、お客様の満足度も非常に高まっていると感じています。
SNS施策により、園全体に大きな効果をもたらしていますね。
目指すは動物界の広報!業界全体のPRに貢献したい
編集長:今後の目標や取り組みたいことなど伺えますか。
神近さん:YouTubeもTikTokも順調に伸びてきており、動物園業界のなかでトップランナーであるだけではなく、クリエイターと言えるようなレベルにやっと到達したと思っています。
次のステージは、長崎バイオパークの広報ではあるのですが、動物界の広報になっていきたいです。
たとえば、同じ動物園という意味では伊豆ジャポテン公園さんはライバルでもあるのですが、我々のアカウントでも紹介動画を何本か公開しています。お客様を取り合うのではなく、積極的に宣伝して、より多くの方に動物のファンになってもらいたいからです。公式アカウントを「動物の総合メディア」に成長させられれば、業界全体を盛り上げられるのではと考えています。
編集長:動物園同士で横のつながりがあるんですね。
神近さん:そうですね、つながりはあります。伊豆シャボテン公園さんだけではなく、埼玉県こども動物自然公園さんや那須どうぶつ王国さん、いしかわ動物園さんなど興味を持ってくださった動物園にうかがい、動画撮影をする予定です。
また、新たなSNSとして、FOLLOW MEというコミュニティ運営のSNSを始めようかと検討しています!
PRマガジン編集部の「編集後記」
―「まずはやってみる」の大切さ
世の中には色々な成功事例が公開されていて、ある程度の成功法則は誰でも知ることができる。
でも、その通りやって成功するかというとそういうものではない。
業界や企業が違えば、結果も違ってくる。
だからこそ、まずはやってみて、反応をみる。
そして、良かったものに再現性を持たせる。そういった取り組みが不可欠だ。
長崎バイオパークは、まだそんなに多くの企業がYouTubeやTikTokを始めていないときから積極的にチャレンジし、常に試行錯誤をされている。
今検討されているというFOLLOW MEで、新たな成功事例が誕生するのも時間の問題かもしれない。
何でもそうかもしれないが、試行錯誤しながら続けたその先に、新たな可能性や展開が待っている。
挑戦する価値は十分にある。
SNS運用においては、上手くいかず頭を悩ませている方も多いかもしれないが、「まずはやってみる」「PDCAをまわす」「継続する」を意識し、ぜひ頑張っていただきたい!
今回の注目企業紹介
バイオパーク株式会社(https://www.biopark.co.jp/)
開園:1980年11⽉
事業内容:自然動植物公園の整備・運営、移動動物園の企画・運営、飲食店の経営
土産品の販売、造園及び緑化事業の請負・設計並びに監理など
お話を伺った方
取締役CMO
神近 公孝(かみちか・きみたか)