年間13万人が工場見学に!鋳物メーカー・能作が“錫(すず)製品”の魅力を伝えるために重視していることとは?

錫(すず)から作られたユニークな商品たち。コレド室町で出会ってから、そのコンセプトやものづくりに対する姿勢に魅了され、大切な人へのプレゼントを購入したり、Instagramをフォローしていた能作。

当初は、知る人ぞ知るブランドだと思っていたが、この数年で認知が格段に上がってきた。富山にある工場見学には年間13万人もの方が訪れるという。

その能作の専務取締役として、対外的な情報発信を一手に担う能作千春さんに広報戦略を伺った。

(編集長)

事業多角化に伴い、広報PRを強化

本社工場、エントランスの写真。

本社工場、エントランスの写真。

編集長:本日はよろしくお願いします。今回、「能作 NOUSAKU 広報室(@nousaku1916)」から取材のオファーをさせていただきましたが、広報室が広報PRを担当されているのでしょうか。

能作千春さん:実際にそういった部署はなく、兼任で数名がPRに携わっています。そして、対外的な情報発信を統括しているのが私といった位置づけです。

編集長:いつ頃から対外的な発信を強化するようになったのですか。

能作千春さん:2017年に社屋を移転した頃からです。その後、産業観光やブライダル、飲食という事業展開を軌道に乗せるには、広報PRが必須だと思っていましたので、おのずと強化するようになりました。元々、広報PRは興味のある分野で得意でしたので、私が主体となって進めてきました。

編集長:元編集者だったそうですね?情報を受け取る側の立場だったと思うのですが、その時から広報に関心があったのですか?

能作千春さん:私は、通販誌の編集でしたので、商品を購入いただくために“受け手がどう感じるか”という思考が常にあり、雑誌の作り手であると同時に読み手に商品の良さを伝える発信者でもありました。なので、その時から広報PRの考え方はありましたし、能作に入社してからは新規事業を始めるにあたり必要に迫られて、より関心を持って取り組むようになりました。

新たな企画を次々生み出し、発信力を高める

能作が展開する飲食事業、能作のカフェ・IMONO KITCHEN。

能作が展開する飲食事業、能作のカフェ・IMONO KITCHEN。

編集長:富山県内での認知は非常に高いと思いますが、全国ではまだ認知がこれからという状況下で、どのような広報戦略を取られてきたのでしょうか。

能作千春さん:発信する材料を常につくるため、目新しいことにチャレンジしてきました。例えば、観光事業においても、目新しい取り組みとして錫婚式を始めました。当初は、広報PR的な発想で、今までにない新しい取り組みとして話題を発信し、そこからものづくりに興味をもってもらえればと始めました。それも今では、“日本の文化にしたい”と想いをもって取り組んでいます。

編集長:先日も千春さんのために社員がサプライズで錫婚式を企画してくれたそうですね。2019年から錫婚式を始められたそうですが、正式なリリース前にモニターで参加者を募集した際もすぐ予約が埋まったそうですね。

能作千春さん:そうですね。まず知ってもらわないことには始まらないと思い、通常の半額で10組のモニターを募集しました。地元情報誌などに取り上げていただいたことで、10組以上から応募がありました。その後も、広報PRに注力し、テレビや雑誌での取材につながりました。
それ以外に、当時結婚10周年でした芸能人の「くわばたりえさん」に、実際に錫婚式をあげていただくという取り組みもしました。芸能人とはいえ身近に感じられる方で私もブログを見ていたのでお願いしました。錫婚式後、ご自身のブログにその様子をあげてくださり、それを見た方からの問い合わせもたくさんいただきました。

編集長:かなり情報発信を強化されたのですね。なかでも、地元メディアは、とても強力な味方になってくれたのではないでしょうか?

能作千春さん:本当にその通りです。錫婚式に限らず、地元メディアに関しては、毎回私から直接ご連絡させていただいています。何をするにも、まず地元メディアに情報を提供させていただき、県内の方に興味を持ってもらってから、自然と全国に拡散していくという方法をとっています。これは情報だけではなく、モノでもコトでもです。地域を大切にするという考えが根底にあります。

今、能作のカフェでアフタヌーンティーがすごく人気で、2か月待ちくらいになっているのですが、これも地元メディアからの情報発信で県内外の方が来てくださるようになりました。以前より、若い女性にもっとお越しいただきたいと考えていました。私は、料理の企画をするのも好きなのですが、若い女性は“ちょっとずつ色々なものを食べたい”、“器が映えるもの”が好まれるのではないかと、今のアフタヌーンティーを企画しました。

「これは絶対売れる!」と自信を持っていたので、まずは地元のテレビや情報誌に取材してもらいました。そうすると、地元の方が来店してくださり、SNSでUGC(User Generated Contents)の投稿や、食べログやRetty等のグルメサイトへの口コミを書き込んでくださりました。これらをきっかけに県外の人も来てくださるようになりました。

地元マスメディアの力はもちろん、食べログ、Retty、ホットペッパー、PayPayマイビジネス、ヤフープレイス、グーグルマイビジネス、トリップアドバイザー、RETRIPといった、お客様が参考にするであろうCGM(Consumer Generated Media)のテコ入れも大きかったと思います。情報の整理、画像の追加、かつ毎月情報を更新するようにした結果、グルメサイトの閲覧数と地図画面PVが非常に伸びました。

来店してくださる方は、若い女性が多いのですが、今まで能作に来なかったような大学生までも来てくれるようになっています。

編集長:当初の狙い通りですね。ちなみにそういった若い方々は、商品も買われて帰るのですか。

能作千春さん:大学生~20代は、お食事メインの傾向にあります。ただ、まず、カフェで製品を体験していただき、能作の製品の良さを知っていただくことが中長期的には大事だと考えています。

ペルソナは自分自身

能作本社ファクトリーショップ。

能作本社ファクトリーショップ。

編集長:そのくらいの年代の方だと、SNS等で積極的に発信もしてくれそうですね。ちなみにメインターゲットでいうと、どういった世代になるのでしょうか。

能作千春さん:社屋を建てた際、ものづくりに関心がある様々な方が来てくださるだろうと想定していましたが、とはいえ、どこかにターゲットを絞らないと分散してしまうと考え、産業観光事業のメインターゲットは「自分自身」にしようと決めました。

“子どもがいる、おしゃべり好き”と、私と近しい人物像を想定しています。地元においては、ママ友ネットワークってバカにならないんですね。なので、飲食でも観光でも30~40代の母親層をターゲットに企画しています。そうするとお子様も一緒に能作に遊びに来てくれます。お子様に関しては、小さいうちから伝統を学んでもらいたい、将来の職人になってくれるかもしれないという想いもあります。

そういったことから、お子様連れでも楽しめるようなファミリー層向けの企画が中心になってきています。もちろん、大人の方にも来て良かったと満足いただける内容を考えています。

編集長:確かに、お子様向けの企画も多いように感じました。未来の職人という話がありましたが、伝統工芸の職人さんの平均年齢はかなり高いイメージですが、御社は平均34歳だそうですね。

能作千春さん:全社員の平均だとそうですが、職人の平均だと28~9くらいだと思います。1990年頃から現社長が工場見学に力を入れており、まだ旧工場だった2016年に年間1万人が来場してくださっていました。その当時、工場見学にきてくれた子たちが今、職人として働いてくれています。

今私がやっていることも10~15年後に返ってくると思っています。実際、子どもたちから手紙や絵を非常にたくさんいただきます。「職人さんに憧れた」「いつか能作に入社したい」といったメッセージも多く、それらは、職人たちの休憩スペースに貼っています。

能作への想いが強い子は、まだ小学校低学年なのに、能作に入りたいと強く希望してくれているようで、お母様からどうしたら入社できるかというメールをいただいたこともありました。それ以外にも、「産業観光の案内をしているお姉さんになりたい」という声もいただくことがあり、まだ一般的ではない職種が子供たちに仕事として認識されていると思うと、とても嬉しいです。

編集長:ものづくりメーカーとしては、積み上げてきた技術力だけではなく、その時代に合うものをいかに出せるか、ということも大事ですよね。そう考えると若い方が多いというのは強みですね。

能作千春さん:本当にそう思います。現社長は、本当に新しいものを生み出す力がすごく、とても尊敬しています。ただ、それを世の中にどう発信するかについては、ターゲット世代である私のほうが感覚的にわかるので強いと思っています。その私も当然、年を取ります。私目線での企画や発信方法だけではダメなので、様々な年代、ライフスタイルの従業員の意見を取り入れていきたいと思っています。
今までは企画から事業の立ち上げを私の方で一気に進めることが多かったのですが、優秀な従業員が非常に増えているので、今後は企画段階から従業員の意見を積極的に取り入れていきたいと考えています。

各地での知名度を上げるために、全国メディアが興味を持つ企画を

工場見学の様子。

工場見学の様子。

編集長:対外的な情報発信という面における広報のミッションはどういうところになりますか。

能作千春さん:ものを売りたいというより、まずは能作の認知を高めるというところに重きを置いています。それが回りまわって、職人たちの地位を高めることにもつながると考えています。オンラインサイトの売上を見ると、都道府県で大きな開きがあり、これは認知の差だと考えています。能作の認知がまだまだという県に対し、“富山県高岡市のものづくりメーカー”という発信だけだと弱いので、様々な企画を立ち上げ興味を持ってくださる人を増やすという取り組みが欠かせないと思っています。

編集長:能作の知名度が低い県に対する取り組みというのは何かされていますか。

能作千春さん:その県ピンポイントで、というのは現状ありませんが、先日取り上げていただいたような「ガイアの夜明け」といった全国で放送される番組に取り上げていただけるような斬新な企画を生み出していくことが重要なのではないかと考えています。

編集長:「ガイアの夜明け」は2回目の出演でしたね。

能作千春さん:おそらく最初は、情報収集の目的で弊社にお電話をくださいました。その電話を取ったのがたまたま私で、どうしても取材につなげたいと思い、めちゃくちゃ熱く、1時間くらい自分押ししました。(笑)番組の方に「あの時、電話に出たのが千春さんじゃなかったら決まらなかった」と言われました。

「カンブリア宮殿」にも出させていただいたことがあるのですが、2回ほど下見に来てくださっていたのですが、なかなか取材につながらず、この際はきっかけがあるたびにメールや電話でご連絡するなど、こちらからも積極的にアプローチしました。
情報をメディアに発信するのはすごく大事だなと実感しています。

企画やイベントはセクション横断で取り組み、コミュニケーションを円滑に

鋳物製作体験の様子。

鋳物製作体験の様子。

編集長:インナーコミュニケーションという点で意識されていることはありますか。

能作千春さん:一つは、想いを言葉にすることです。従業員が少なかった頃は、明文化しなくても伝わっていたことが、100名を超えてくるときちんと言葉にして伝えなくてはいけないと思うようになりました。「能作マインド」の“チャレンジ精神をもって伝統産業に轍をつける”を、改めて明文化し伝えたのですが、そういった背景からです。

あと、私は専務という肩書ではありますが、皆と同じ立場だと思っており、距離感の近い存在だと思っています。特に用がなくても、よく話しかけにもいきますし、物理的に机の位置も近いです。(笑)そのほうがスピード感をもって仕事を進めることもできます。
コミュニケーションは重視しているので、朝出社したらカフェの厨房に行き、前日のお客様の様子を聞いて、そこからショップをまわり、レイアウトだったりお客様の反応を聞き、デスクに着いたら周りの従業員とあれこれ話すというのが毎日のルーティンです。 

また、事業が多角化するとどうしても組織が縦割りになりやすいので、“能作はチームであり、家族である”と思ってもらうため、意識的に社員をつなげていくということもしています。
例えば、様々なイベントが走っていますが、お祭りでは職人がカステラを焼いたり、お客様のアテンドを担当するなど、セクション関係なく様々な業務に携わってもらうということも意識的におこなっています。

編集長:今もお話があったように、“企画”を大事にされているということで、年間どれくらいの企画が動いているのでしょうか?毎年されるものもあれば、新たに始めるものもありますよね。

能作千春さん:数えきれないですね。私が入社してから立ち上げた「いものを学ぼう!」という夏休みのお子様向けの企画は、初年度からとても人気で、「今年もやりますか?」という問い合わせをいただくほどです。こういった毎年のレギュラー企画だけではなく、店舗やオンラインショップ内での企画などもありますので。

企画は独りよがりにならないよう、従業員の意見を積極的に取り込む!

錫婚式、宣誓の様子。

錫婚式、宣誓の様子。

編集長:プレスリリースの本数自体は、そこまで多くないようにお見受けしたのですが、すべてプレスリリースとして発信しているわけではないのですね。

能作千春さん:SNSだけで発信するものもあり、企画によって発信方法は変えています。比較的ニュース性が大きいものをプレスリリースという形で出しています。

編集長:SNSも直接お客様に情報発信できるツールですしね。

能作千春さん:社内にSNS運用に長けた者も入社してくれ、非常に発信が上手いんですね。広報的な考えも得意としているので、今後もっと新しい発信ができるのではないかと思います。最近は、本当に従業員の力を借りることの重要性を痛感していますね。

編集長:他にも従業員の方の力を借りる重要性を痛感したエピソードが?

能作千春さん:例えば、結婚10周年を祝う錫婚式(すずこんしき)事業です。企画から立ち上げまでは、私の方で一気に進めたのですが、そこから、お申込み件数を増やすためには、PRを強化しないといけないと考え、どうしたらいい?と従業員に相談したのです。その際に、“今のプラン内容のままでは、メディアに対してアプローチしたくない”“まず顧客の声を知りたい”と言われました。そこで、お客様500名からの声を集めました。

価格感や食事など、生の声を聞けて、自分の感覚だけで企画したことを反省しました。また、どこを変えたら自信をもってメディアにアプローチできるのかも従業員に聞き、式場のリメイクから衣装、カメラマンに至るまで、かなりの費用をかけ即リニューアルしました。結果、このリニューアルをきっかけに、またメディアにアプローチするきっかけができ、能作の錫婚式事業を広めることができました。

それだけではなく、今では従業員が錫婚式に思い入れを持ってくれるようになり、私の錫婚式を企画してくれたほどなので、経営者としてこんなハッピーなことはないですよね!

文化・風習が異なる海外でどう錫の魅力をPRするか?

錫100%製の酒器

錫100%製の酒器。

編集長:今後、広報としてチャレンジしたいことはありますか。

能作千春さん:海外広報です。2020年に、台湾に100%子会社を設立し、今年5月には台北市内にブランドコンセプトストアもつくり、五感で体験できるワークショップも始めています。箱が完成したので、次は広報PRなのですが、認知がまだ低いですし、文化や風習も違います。ターゲットはどこにするか?錫製品の魅力をどこで打ち出すか?と、頭を悩ませているところです。

国内に関しては、これまでも様々なサービス・ものづくりを展開していますが、今後はお客様の“人生の節目に関われるもの”を提供していきたいと考えています。
たくさんの方に能作のファンになっていただき、節目に思い出してもらえるようなブランド、会社でありたいです。そのために、人生に影響を与えるようなストーリーを持ったものをつくっていきたいと思っています。

PRマガジン編集部の「編集後記」

編集後記:編集長

―「アイディア」で、町工場からブランドへ

メディアからの問い合わせがない日がないという能作。ただの錫製品メーカーだったら、まずありえないことだろう。メディアがなぜこれほど能作に興味を持つのか?それは、絶えず新たな動きがあるからだろう。

ブライダル事業に、観光、飲食、海外進出と様々なメディアが興味をもつ切り口がある。ただ、これも事業の進捗と共に、結果的にメディアが報道したのではないというところが、ポイントだ。能作という存在を知ってもらうため、メディアに興味をもってもらうために、新たな企画を次々と生み出しているのだ。

一般的に伝統産業や町工場は継承や経営が厳しいというイメージがある。

しかし、アイディア次第で日本の伝統産業はまだまだイケることが証明されたのではないだろうか。実際、能作では、事業拡大はもちろんだが、その伝統を受け継ぐ職人になりたいと思う若者も入社してきている。

この流れは伝統産業に限った成功法則ではない。一般企業にも同じことが言える。「発信できる新しい話題がない」という話を聞くこともあるが、発信者である広報が「これならイケる!」と思う企画を社内に提案するのは非常に有効だ。そして、様々な切り口で会社についての情報が絶えず世の中に出て行けば、「その会社で働きたい」と思う人も増える。

広報は、ただの情報発信者ではない。企業の「未来の作り手」だ。

今回の注目企業紹介

株式会社 能作(https://www.nousaku.co.jp

創業:大正5年 (1916年)
事業内容:錫・真鍮製品の企画・製造・販売や錫婚式事業、観光事業を展開

お話を伺った方

株式会社能作、能作千春さん

株式会社能作、能作千春さん

株式会社 能作
専務取締役
能作 千春(のうさく・ちはる)