「稼ぐ」に貢献する広報の仕事とは

こんにちは。
横浜FCの松本雄一です。

前回は、ファンマーケティングをテーマに基本的なスタンスやサポーターとの向き合い方、クラブでの施策事例などを中心に書きました。

プロスポーツクラブの事業を成長させるため勝つことはもちろん、応援してくれるファン・サポーターをどれだけ増やすことができるか、そのことがクラブ経営の収益の柱となる”入場料収入”や”物販収入”に直接的に関係してくることから、チケット担当もファンクラブ担当もグッズ担当も広報も、さらに営業もホームタウン担当も、すべてが顧客志向でファンコミュニケーションを考え実践する意識を持つことが大切です。

この「顧客志向」とは、お客さまへ”安くサービスをする”というのではなく、”サービスのクオリティを高めるためにそれぞれのニーズと「向き合う」”ことだと考えています。

多くのスポーツビジネスの書籍では、スポーツ界は稼ぐことに後ろめたさがあるという表現を目にしますが実際に働いてみると、クラブの中でそのような後ろめたさは感じません。ただ、稼ぐのが上手いか、稼げる仕組みができているかといわれると、できていないというのが現状です。稼ぐことが悪いと考えているというよりも、稼げる仕組みが整っていないというのが実態です。

そこで今回は、スポーツビジネスで稼ぐとは、顧客視点を持ち広報の立ち場としてできることは何か、という軸で考えてみようと思います。

スポーツビジネスの収益の柱

Jクラブにおいて収益の柱となるのは、まず『広告料収入(スポンサー)』『入場料収入(チケット)』『物販収入(グッズ)』『放映権料』、他にリーグの配分金やタイトル獲得などによる賞金などが主な収入源となります。
新型コロナウイルス感染症により世の中が一変し、多くのクラブが経営の危機をリアルさを持って感じ、これまでのスポーツビジネスの収益の柱を超える『もうひとつの収益源』を生み出そうということを考え始めたと思います。そんな中、投げ銭やオークション、クラウドファンディング、トークン(NFT)、別分野への事業投資など様々な試みを行ってきました。

横浜FCでもこれらの多くを実施しましたが、スポンサー収入や入場料収入と並ぶような事業の柱になるものは現時点では難しいということを感じました。これはこれまでの様々な取り組みを否定するネガティブなことではなく、取り組んだ結果、どこを伸ばすべきかを明確に捉えなおすことが必要であると、ポジティブな気付きもありました。

コロナ禍で実施した数多くの取り組みの中で、「稼ぐ」ということと「顧客志向」は必ずセットでなければいけないと改めて考えさせられました。そして仕組みとしてはやはり、「入場料収入」を一番に上積みしスタジアムに多くのお客様が入っている状態で「広告料収入」が増え、チームを強化し強くなることで、人気が出て「物販収入」も増える、さらにカテゴリーが上がり配分金や賞金が増える。そういった再現性のある稼ぐサイクルを回す仕組みができることが理想です。

「稼ぐ」サイクルに広報はどう関われるか?

では、上記のサイクルに広報としてどのように関わることができるのか、という視点でいくつかこれまでの事例も踏まえてあげてみたいと思います。

サッカークラブにおける(一般企業もそこまで変わらない)広報の仕事として、大きく分類すると以下のような項目があげられます。

1.情報発信による認知獲得と好意度の醸成

告知を含めたサポーターへの情報(お知らせ)の浸透、スポンサーロゴの露出を増やす等のメリット提供、クラブの活動のPRとなる発信。

Ex.
告知、スポンサー露出、ホームタウン活動の成果など、スポーツ界以外でも当たり前に実施するプレスリリースやホームページ更新、SNSでの発信など。

2.メディアとのリレーションによる情報の拡散

メディアとの適切なコミュニケーションをとることで、クラブが生み出しているコンテンツを第3者から見た切り口で世の中に向けて発信する。

Ex.
FOOTBALL ZONE web:「横浜FCオリジナルビール」誕生の舞台裏 サポーターの声を反映…地域活性化への挑戦


https://www.football-zone.net/archives/337300

Jクラブは定期的にある公式戦で一定の露出はされますが、クラブ側から企画し仕込み、フットボールコンテンツ以外の話題を取り上げてもらうことに関しては特に課題を感じています。フットボール以外のメディアでどのように扱われるか、そもそも取り扱ってもらうための関係性の構築もこれからはより必要になってくると思います。

また、公式戦や試合前の会見以外で記者の方とのリレーションシップを向上させ、日々のチームの状況を露出してもらうことも大切な活動です。私の所属する横浜FCは、2022年は特に大きな転換期を迎えているので、よりこのリレーション構築は大切にしたいと考えています。

3.プロダクトであるチーム・選手をプロモーションする

多くの企業でエンドユーザーの手元に届くことになる製品(プロダクト)。
顧客にプロダクトを認知してもらい、興味関心を示してもらい、評価・クチコミ、購入、さらに繰り返し使ってもらいファンを獲得することを目指してプロモーションを行っています。

このプロダクトがサッカークラブの場合は「チーム・選手」となります。
サッカークラブも同じく、クラブを認知し、興味を持ってスタジアムに行ってみよう、そしてチケットを買って観た試合に感動し、よりクラブや選手について知りたいと思ってもらうこと、長く応援してもらうことを目指しています。

スポーツクラブはプロモーション対象となるプロダクトがモノではなく、ヒト・コトであるため、これらの取り組みに対する選手やチームの理解が必要です。選手やチームの状況を理解したうえで、誰に・どのようにして発信し、最終的にどのような感情変化を起こすのかを、顧客志向とマーケティング感覚を持ってチームの側から発信していくことは「広報の立ち場で稼ぐ」を実践することに繋がると思います。

多くの企業ではマーケティング部や広告宣伝部などで年間予算を持ち、その予算を広告代理店に預けて最適なプロモーションプランニングをするのが一般的です。しかしサッカークラブではこの宣伝プロモーションにおける予算をほとんど持てていないのが現状で、代理店を介さず自前でコンテンツを用意し発信するというクラブも多いのではないでしょうか。この予算を生み出すにも、先にお伝えした稼ぐサイクルをつくることが必要になってきます。その稼ぐサイクルを構築することに必要な要素が、プロモーション予算であるという考え方もあると思いますが、現状ではそれが強化や試合運営のための費用よりも優先されることはありません。

そういった前提の中で、少ない予算の中でいかに選手をプロモーションするかという時に、やはり中の人間が自ら手を動かすこと、そのスキルを要するということも必要条件です。

以下は、より選手やチームのことを世の中に広く知ってもらうため、選手個々人のファンを創るために日々実施している事例を紹介してみました。

シーズン ドキュメンタリー番組

1年間を通してクラブに密着し、選手の感情やクラブの葛藤の裏側をみせるコンテンツ。
よりクラブのリアルな現場を知ってもらうことで新規顧客の認知や興味を獲得する。
外部委託で制作コストは必要になりますが、現在Jリーグでドキュメンタリー支援という形でDAZNとリーグとクラブが共同で製作するプロジェクトを実施しています。


https://www.dazn.com/ja-JP/home/ArticleId:3ne117zo1jua1omqz1dd8q37h

CAMP VLOG / HAMABLUE FILM

クラブ独自のオリジナルコンテンツです。チームに身近な立場にいるからこそ撮ることのできる選手の表情や闘いの舞台裏を描くVlog的なコンテンツ。
かかるコストはゼロです。

このようなコンテンツを将来的にマネタイズできると良いのですが、クラブの規模やカテゴリーなど現在のフェーズでの認知度と、目指すところとのギャップも鑑みて、現段階ではまだマネタイズポイントではないと判断しています。

HAMABLUE FILM

当日の試合運営の準備や、公式戦の緊迫したチームや選手の表情、普段見ることのできないロッカールームでの様子など、公式映像やハイライトとは別の視点から公式戦の舞台裏をみせるコンテンツです。

HAMABLUE FILM

CAMP VLOG

シーズン前のトレーニングキャンプなど、サポーターとチーム・選手の接点が減ってしまう時期に多く発信をすることで、新加入の選手や既存の選手をこの時期に知ってもらい、今シーズンの推しを見つけるきっかけにしてもらいたいという想いがあります。トレーニング中の真剣な表情だけでなくリラックスした表情や取材とは異なるテイストで選手たちの生の声を届けていっています。

CAMP VLOG

これらのクラブ独自コンテンツのCAMP VLOGについては閑散期のキャンプ期間中にあわせて23本を制作、約15万回再生となりました。このゼロ円コンテンツは15万回視聴され、その発信の際に各種SNS合計約12万フォロワーでのリーチ獲得をしています。

ものすごく単純に考えると、Youtubeの平均視聴単価(CPV)を5円としたときに75万円の価値換算、さらにSNSのインプレッション単価を1円とし1投稿12万円の価値×23本で約276万円、あわせて約350万円相当の協賛メニューとして企業に営業することもできます。

そうすることで、制作会社に依頼し撮影や編集のクオリティを高め、より満足度も高めてファンを増やすこと、単純に収益増も見込めるのではと考えられます。

こうしてクラブのコンテンツを創り、メニュー開発することも一つの稼ぐ形です。

まとめ

1.稼ぐサイクルを整える

スポーツで稼ぐことは悪ではない。
稼ぐ仕組み(サイクル)が整っていないので再現性のある稼げるサイクルを正しく回すように意識する。どこで、何に使われるお金を生み出しているのかをイメージすることで、このサイクルを構築するにはどの活動を重視すれば良いのかを考え、選択することができる。

2.稼ぐことと顧客志向はセットであるべき

稼ぐ手法に囚われすぎて、生活者のニーズに向き合うことが抜け落ちたサービスこそ悪。熱量が高く、愛するクラブのため、推しの選手のためにというファンは、こういったものでも購入してくれる方も一定数いるので、甘えずにここへのクオリティとニーズに向き合うことは特に重要。

3.プロダクトの特性にあわせて誰にプロモーションするのかを考える

広報の立ち場で「稼ぐ」に貢献することは主に、「認知」と「興味関心」を高めること。
誰に、何を、どのように見せるかを考え、たとえば既存のファンのロイヤリティを高めることが目的であればより人と成りにフォーカスするし、新規のファンの獲得が目的であれば見ていてストレスの少ない、または話題性のある、興味をひく普段見れないコンテンツを盛り込むなど工夫が必要。

今回は以上です。お読みいただきありがとうございます。

執筆者プロフィール

株式会社横浜フリエスポーツクラブ[横浜FC]
松本 雄一
https://www.yokohamafc.com/

早稲田大学卒業後、カネボウ化粧品、サイバー・バズ 広告メディア事業部 局長を経て、2019年5月にJリーグ 横浜FCに入社し、現在マーケティング部部長 兼 広報グループリーダーを務める。
Twitter:@yu_boasorte

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