日本は少子化が進み、2023年には出生率(1人の女性が産む子どもの数の指標)が1.20となり、統計を取り始めてから最も低い数字となったという報道を目にした。8年連続で前年を下回っており、全国で最も低かった東京都は0.99とついに「1」を切ってしまったという。
少子化の背景には、晩婚化や経済的な事情など様々な要因があるが、子どもを2人以上産み、育てるのを迷う家庭や諦める家庭があるのも事実。
そんな中、“理想の数だけ子どもを産める社会を実現する”ため、活動を行う組織がある。
それが、「公益財団法人1more Baby応援団」だ。
PRマガジンで財団を取材するのは初めてだ。日本が少子化という問題を抱え、政府や地方自治体も不妊治療の助成や子育て支援に乗り出している今だからこそ、是非取材したいと思いオファーした。
今回は公益財団法人1more Baby応援団の専務理事・秋山開さんに、社会課題に挑む組織の広報PRについて話をうかがった。
(編集長)
この記事の目次
調査結果は「発表」のためだけではなく、専門家の研究にも役立ててもらう
編集長:HPを拝見すると活動が多岐にわたりますが、現在、広報PRは、何名で運営されているのでしょうか。
秋山さん:私を含め、3人で運営しています。ただ、イベント等 を開催する際は、会員企業様から、人的なサポートをしていただいています。
編集長:「1more Baby応援団」という名前からは『もう一人産めるように応援する』というニュアンスがあるように感じますが、改めて貴財団の存在意義やミッションについて教えてください。
秋山さん:“理想の数だけ子どもを産み育てられる社会を実現する”というのがミッションとなります。子どもを希望されない方もいらっしゃいますし、子どもを希望する・しないは個々の自由という前提のもと、私たちは、欲しい数だけ子どもを生み育てられる社会を作ろうということで活動を行っています。そして、その中でも一番フォーカスしているのが「2人目の壁」になります。
編集長:「1more Baby応援団」の活動を知ってもらわないと会員企業も集まらなかったと思いますし、世の中にメッセージを伝えることもできなかったと思います。
2013年から始められた夫婦の出産意識調査は、今年で12年目ということですが、認知獲得や社会課題の提起、メッセージ発信においては有効な取り組みだったのでしょうか。
秋山さん:少子化や子育てに関する調査は国でも行っていますが、頻度は5年に1度程度です。1~2年でも環境は大きく変わりますので、最新の情報を把握するためには、毎年調査を行うのが望ましいと考えています。毎年、プレスリリースを配信すると、新聞社やテレビ局、Webニュースなどのメディアが取り上げてくださるのですが、それだけではありません。毎年5月頃にプレスリリースを出しているのですが、3月くらいになるとメディアから調査に関する問い合わせをいただくようになりました。
このように、メディアから“最新の情報を持っている”と認識されていることは、財団として大きな強みになっていると思います。
編集長:やはり、アンケート調査は続けること、同じ時期に発表することが重要ですね。
秋山さん:そう思います。特に独自調査は、その結果を広く社会に情報提供するという目的から、メディアからニーズがあるだけでなく、私たちが主催するセミナーやシンポジウム、SNSでの情報発信にも役立っています。
また調査結果については、東京大学社会科学研究所附属社会調査・データアーカイブ研究センター という機関にデータを寄託しており、過去12年分のデータを、研究者をはじめとした様々な方々が無償で利用できるようになっています。例えば、少子化や子育て環境を研究している方々にもデータを分析いただき、我々とは違う視点で論文を作成していただいたりしているため、毎年継続して寄託しています。
数字で読者の関心を可視化し、医師に共有~求められる記事を増やしていく
編集長:ホームページを拝見すると、医師たちのコラムも頻繁に公開されている印象があります。こだわっている点などあれば、教えてください。
秋山さん:今、世の中は不正確なものも含めて、情報で溢れています。その中で、“ここに行けば正しい情報が得られる”と思ってもらえる場を作るのが非常に重要なのではないかと感じています。
専門家にインタビューをした内容を書き起こした記事や専門家の監修記事は、様々なサイトにありますが、私たちの場合は、基本的に専門医に執筆いただいています。
それが信頼性の担保につながると考えているからです。
編集長:医師たちも非常に忙しいと思うのですが、どのように運営されているのでしょうか。
医師には毎回テーマを決めて依頼しているのですか?
秋山さん:「毎月1本程度、原稿をお願いします」とお伝えしていますが、テーマなどは一切こちらでは決めていません。たまにリクエストをすることもありますが、基本的には最新情報や治療の現場で多くの方々が気になってるような情報を先生方にリサーチいただき、原稿を執筆いただいています。
編集長:私も記事のテーマを決めるのは結構大変だなと感じているのですが、先生たちは、そういったニーズを踏まえて書いてくださるのですね。すごい!
秋山さん:私たちからも、記事を書いてくださっている先生方には、毎月GA4(Google Analytics 4)やGoogle Search Consoleの情報から、記事のPV数やどのような分野の記事が読まれる傾向にあるかのサマリーを共有 し、テーマを決める上での参考にしていただいています。
編集長:なるほど!それは非常に重要なことですね。数字から読者がどのようなニーズを持っているかがわかれば、医師たちはそれに対応する答えは持っていますもんね!
一つのサイトで完結させず、横展開することで伝えたいメッセージを明確にする
編集長:調査やコラム以外に、現在注力されているものはありますか。
秋山さん:今、注力しているのが、SEXOLOGY(セクソロジー) というサイトの運営です 。
昨今、不妊で悩まれる方が非常に増えてきています。日本は40歳前後で不妊治療をされている女性が多いのですが、35歳以降、妊孕率は下がり流産率が上がることがわかっています。まだまだ妊娠適齢期についてご存じない方も多いことから、妊孕性や性に関する知識を深めていただくために、このサイトを構築しました。国際セクシュアリティ教育ガイダンスという、ユネスコが定めた“各年齢ごとに知っておくべき性知識”に基づいて作成しています。
秋山さん:1more Baby応援団というネーミングから「2人目の子どもをどうするか」という先入観を持たれる方が多いためです。SEXOLOGYは、子どもを産むということだけにフォーカスしているのではなく、人権やジェンダー、健康など幅広く取り扱うサイトですので、あえて別のサイトを構築することにしました。
編集長:SEXOLOGYのサイトもカテゴリーごとに、わかりやすいコンテンツが用意されていますね。
秋山さん:国際セクシュアリティ教育ガイダンスの日本語版を翻訳された先生方や人権、ジェンダーの専門家、生殖補助医療に従事する医師などに協力いただき、一つ一つの記事を 丁寧に作り上げています。
他にはない“リアル”を追求したYouTubeは再生回数67万回超えに!
編集長:今回、取材をオファーするきっかけともなった、YouTubeのお話をうかがいたいと思います。YouTubeはいつから始められたのでしょうか。
秋山さん:2021年から撮影をし始め、2022年6月頃から動画を公開し始めました。
編集長:YouTube動画はどれも再生回数が非常に多いですが、中でも「妊活密着取材シリーズ」は、よくこんな撮影が実現できたな!と思う程、リアルな現場を知ることができる動画で、採卵手術の様子を追った動画は67万回も再生されていますね!
医療機関や患者様の同意も必要で、調整が非常に大変だったのではないかと思ったのですが、よく実現できましたね!?
秋山さん:おっしゃる通り、撮影対象となる患者様、医療機関の皆様、カメラマンさん、私たちの信頼関係がないと成り立たない企画です。出会いに恵まれたからこそ、実現できていると思います。
編集長:67万回も再生された採卵手術の動画は、企画段階からこれほど反響が得られると予想していましたか。
秋山さん:いえ、これほど反響があるとは思っていませんでしたので、正直びっくりでした。
動画を公開して少しすると、再生数がどんどん上がっていくので、「何が起きてるんだろう!?」という感じでした。
YouTube動画の場合、検索から流入する再生数というのはそれほどでもなく、YouTubeのおすすめに上がるかどうかが再生数を左右すると感じています。採卵手術の動画も何らかの要因によりおすすめに上がったことが大きいと思っています。
編集長:最近は、Googleで検索した際、動画が表示されることも多いと感じるのですが、それよりも、やはりYouTubeでおすすめに上がることが重要なのですね。
秋山さん:一般的に重要と言われている動画のタイトルや本文、ハッシュタグ、サムネイルの工夫もしていますが、最終的に動画に対する信頼性や専門性を担保していくことも重要だと思っており、そういった点もYouTubeでは評価されるのではないかと感じています。
編集長:「妊活密着取材シリーズ」は、信頼性という点においては、最強ですよね。ドキュメンタリーというか、嘘偽りのない動画というのがみていてわかります。妊活や不妊治療系の動画もたくさん上がっていますが、不妊治療をされてる方がご自身の妊活の現状をお話されているものや、専門家の説明動画のようなものが多く、治療の現場に潜入するような動画はあまりないように思います。
秋山さん:まさに、世の中にない動画を作ろうと思い始めた企画です。
4~5年前頃から、妊活や不妊治療をしている方へのインタビューを行っており、その中で皆さんが必要としていた情報が、同じような境遇の人のリアルな経験や体験話でした。例えば、採卵手術を受ける場合、どのような処置を受けるのかわからないというのは、非常に不安になります。そこで、事前に情報を調べても、採卵について書かれている文字やイラスト情報はあっても、自分がどういう処置を受けつのかイメージが湧くものがないと言う声を非常に多く聞いていました。
そこで、私たちもWebやYouTubeでそういった情報が公開されていないか探しました。YouTuberの方が自分目線で撮影しているカーテン越しの動画などはあったのですが、どのような処置がされているのかはわからないものがほとんどでした。
医師目線で採卵手術をみせている動画はなかったため、そういった動画を公開できれば、情報を必要としている方にみていただけ、安心して不妊治療に臨んでいただけるのではないかと思い、「妊活密着取材シリーズ」を企画したという経緯があります。
編集長:すごくわかります。例えば、「採卵ってどうするんだろう?」と検索すると、子宮と卵巣のイラストが出てきて、文章で解説されているケースがほとんどですよね。
でも、腟から針のようなものが卵巣に刺さっているイラストで、「どういうこと?」って思った記憶があります。
秋山さん:そうなんですよね。どのような処置が施されるのかわからないというのは、すごく不安なことです。そういった不安解消にもつながる情報をお届けしたいと思っています。
あとは、少し意外だったのですが、採卵手術の動画は、これから採卵手術を受ける方が不安を解消するためにみてくださっているのかと思っていたのですが、実際は採卵手術を終えた方もみてくださっていることがわかりました。「(基本的に採卵時は麻酔をしていることが多いため)自分が何をされたのか全くわからなかったが、この動画を見て、初めてどんなことが行われていたのかわかった。」「採卵にこれほど多くの医療従事者が関わってくれていたと知り、改めて感謝した。費用が高い理由も納得できた。」といったコメントも多くいただきました。
どのようなことが行われているのかを発信するというのは、患者様の不安解消だけではなく、医療機関と患者様の信頼関係構築にも貢献できるということを実感しました。
同じ内容をYouTubeと記事の両方で展開する理由とは?
編集長:今後も「妊活密着取材シリーズ」は継続されると思いますが、新たに企画していることなどありましたら教えてください。
秋山さん:不妊治療においては、2022年4月から体外受精などにも保険が適用されるようになりました。保険診療と自由診療は併用できないというルールがあるのですが、「先進医療」という医療技術については、保険診療と併用できることになっています。不妊治療領域においては、「先進医療」に認定されている技術がいくつもあります。
保険診療で行える不妊治療については、動画もある程度公開できていることから、次は先進医療についても取り上げていきたいと思っています。
また、これまでは妊活や不妊治療にフォーカスしてきましたが、妊娠後についても取り上げていきたいと考えています。特に不妊治療をしてきた方は、妊娠した後も順調に赤ちゃんが育ってくれるか不安に思う方が多くいらっしゃいます。そういった方々の不安を少しでも解消できるように、例えば妊娠初期の検査や注意事項、出産までの過程などを公開していけたらと考えています。
編集長:先進医療や妊娠後の内容は、YouTube動画をメインとして発信されるイメージでしょうか。
秋山さん:YouTube動画も発信方法の1つですが、基本的にこれまでもYouTubeに アップした内容は記事としてもホームページで公開しています。
実は、同じテーマでも、テーマによって動画の方が再生回数が多いものと、記事の方が閲覧数が高いものとで、はっきり分かれています。動画で情報を探すケースが多いテーマと、記事で情報を探すケースが多いテーマがあるということが数字で示されているため、今後も動画と記事の両方を使い発信をしていく予定です。
一歩踏み出すための後押しができる存在へ
編集長:今年の意識調査の結果で、“2人目の壁を感じる方の割合が過去最高になった ”そうですね。不妊治療や子育て支援などに助成金を出す自治体も増えている印象だったので、個人的には少し意外な結果ではありましたが、まだ“2人目の壁”が存在するという現状に対し、今後、どういった取り組みをされていこうとお考えでしょうか。
秋山さん:少し抽象的な表現にはなりますが、“ポジティブな情報発信の強化”が必要だと考えています。
おっしゃる通り、政府や地方自治体も子育て支援策を拡充している段階にありますが、「2人目をどうしよう」から「産もう!」とマインドチェンジするきっかけは、気持ちの面での後押しが必要なのだと思っています。
どれだけ環境が整備されても、将来的な不安感が完全に払拭されることはないと思います。最後は「自分で何とかする!何とかできる!」と思えるかどうかではないかと。ですので、私たちは、ポジティブな情報発信を通じて、気持ちの面を応援できたらと考えています。
編集長:気持ちの部分の後押しって大事ですね。例えば、若い方の場合、金銭面での不安から「もう少し稼げるようになったら」とか「貯蓄ができてから」と考える方もいらっしゃると思いますが、妊娠出産はどうしてもタイムリミットもあります。先ほど女性の場合、35歳を境に妊孕率が落ちて行くという話もありましたが、完全に子どもを迎える準備ができてから妊活を始めようと思っていると、年齢などの問題で子どもを授かりづらくなってしまう可能性もありますよね。
子どもを持つ持たない、いつ産むかは個々人の自由ですが、子どもを欲しいと思ったタイミングで1歩を踏み出せる後押しをしてあげるということもすごく大切なことだと思いました。
本日はありがとうございました!
PRマガジン編集部の編集後記
―求められている情報を発信することこそ、真のPR
広報PRをしていると、どうしても自分たちにとって都合の良い情報をメインに発信したくなってしまうときもあるが、広報PRは「世の中の関心事」と「自分たちが提供できること」が重なり合った部分の情報を発信できてこそ、多くの人に情報をリーチさせることができる。
「1more Baby応援団」の妊活密着取材シリーズは、妊活や不妊治療をされている方のニーズを的確にとらえ、かつ医療機関での治療(手術)に密着するという、非常に難しい企画を実現しているからこそ67万回以上も再生される動画が誕生するのだ。
「採卵手術」のように、狭く深いテーマ・内容であっても、情報を伝えたい相手のニーズに応えるものが提供できれば、反響は得られるということだ。
また、今回お話を聞く中で、情報を届けたい相手の声に耳を傾け、それに応える情報を発信していくことの重要性を改めて感じた。当たり前のことではあるが、どうしても主観や願望が入った目線でPR戦略を考えてしまうこともあるのではないだろうか。そんな時は、今一度、誰のために情報を発信しようとしているのか、立ち返ってみることが重要だ。
今回の注目企業(組織)
公益財団法人1more Baby応援団(https://www.1morebaby.jp/)
概要:“理想の数だけ子どもを産み育てられる社会”を実現するため、結婚・妊娠・出産・子育て支援に関する情報提供及びその実現に必要な事業を行い、将来の活力ある社会環境の維持・発展のために寄与する。
お話を伺った方
秋山 開(あきやま・かい)