撚糸(ねんし)工場の起死回生を図ったオリジナルタオル「エアーかおる」が1,000万枚の大ヒット商品に

マスコミリスト大阪版発売

岐阜県の安八郡安八町という地名を聞いたことのある方はどれくらいいるだろうか?
岐阜県といえば、白川郷や飛騨高山、下呂温泉、郡上八幡…と自然豊かな観光スポットがたくさん存在するが、安八町をよく知っているのは近隣県や岐阜通の方ではないだろうか。

(東海道新幹線の「岐阜羽島」駅が近く、長良川と揖斐川に挟まれている地域…と言えば、あぁ!と思う方も多いかもしれない。)

かく言う私も恥ずかしながら最近までその名を耳にしたことがなく、お取り寄せスイーツで安八郡にあるショップからケーキを取り寄せたことからその名を知った。

そこから安八郡に興味を持ってネットでいろいろ検索していると、年間5万枚売れればヒットというタオル業界で10倍以上売れているタオルを安八郡の企業が販売していることがわかった。

でも、その会社はタオルメーカーではなく、撚糸(ねんし)製造の会社だった。

浅野撚糸「エアーかおる」

浅野撚糸「エアーかおる」

オンラインショップを覗いてみると、商品ページに「エアーかおるのあゆみ」というページがある。そこには撚糸にかける思いやこだわりがつまっていた。素材の掛け合わせ次第で新しい魅力をもつ撚糸ができるそうだが、まさに浅野撚糸さんは様々な企業や団体との出会い(掛け合わせ)で、今までにない撚糸製造会社となったとても魅力的な企業だと思った。

ただ、取材を依頼するかどうかは迷った。なぜならそうそうたるメディアにすでに出ており、私が何か新しいことを聞けるのかと弱気になったからだ。

それでも今までの露出をくまなくチェックしたところで「はっ!なんでこんなに多くのメディアに地方の撚糸工場が取り上げられるようになったのか。それは偶然ではなく何か理由があるはずで、その切り口で記事を書くことが私のミッションだった!」と気付いた。

浅野撚糸さんは、衰退産業のV字回復といった切り口で多くのメディアに露出しているが、今回はエアーかおるのターニングポイントすべて関与されている常務執行役員の河合さんにご協力いただき、ここまで多くのメディアに取り上げられるようになった理由について伺った。

常務執行役員の河合さん

常務執行役員の河合さん

撚糸とは?
糸に撚(よ)りをかけること、また撚りをかけた糸のことを言います。この撚りとは、糸を1本、または複数本ねじり合わせることで、切れにくく強い糸に仕上げる技術です。
布の風合いもこの撚りで決まります。“腕によりをかける”“よりを戻す”といった表現もここから生まれました。

安価な海外に仕事が流れ、会社存続の危機に~下請けからの脱却を図る

糸に撚(よ)りをかけること、また撚りをかけた糸のことを撚糸という。

糸に撚(よ)りをかけること、また撚りをかけた糸のことを撚糸という。

―そもそも撚糸工場がなぜタオルを作ろうと思ったのでしょうか。

西濃地域、尾州地域は木曽三川の水資源に恵まれていたことから、たくさんの紡績工場がありました。しかし、日本の人件費では採算が合わないということで紡績業の仕事が中国や東南アジアへ流れていくようになりました。

浅野撚糸は、高性能な機械を揃えており、ストレッチ素材の横糸にも使われるポリウレタンというゴムの糸をあわせて撚る技術力の必要な撚糸を得意としており、1999年には過去最高の売上となる7億2000万円まで達していました。しかし、2000年代に入り、中国から繊維製品が怒濤のごとく輸入され、大手商社メーカー紡績の下請けだった浅野撚糸の売上が激減していきました。

そんなときに、クラレからお蔵入りしかけている開発糸(水溶性糸[水に溶ける糸])があるのだが、これを上手く世に出していけないかという話をいただきました。

そこから約3年間、試行錯誤を繰り返し、紡績糸と水溶性糸を掛け合わせた「スーパーZERO」を開発することができました。「スーパーZERO」は通常の糸を反対側に2倍の撚りをかけて作っています。これをお湯に浸すと、水溶性の糸だけ溶け、その反動から綿の糸が膨張して、繊維の間に隙間ができ、かつてないほどふんわりとした糸が出来上がりました。

この糸は有名メーカーの「シャワーで洗えるスーツ」にも使用され、有名タレントを起用したCMも流れ大ヒットしました。しかし、所詮当社は糸を供給するだけの下請けなので、知らないうちに仕事がなくなりました。

そこで、「自分たちで最終製品をもとう!ということになったのです。下請け脱却には価格競争の業界なので、この時は生き残るすべとして、自社商品を作るしかなかったんです。

タオル製造/販売に立ちはだかる困難~銀行のビジネスマッチングが希望の光に

浅野撚糸の撚糸機

浅野撚糸の撚糸機

―タオルの開発も販売に至るまでもだいぶ苦労されたとお聞きしましたが?

タオルの産地というと今治・泉州・中部が三大産地だったので、当初その中でも今治がいいのではと思っていました。

そんな時、ある銀行のビジネスマッチングで三重県のおぼろタオルを紹介されました。おぼろタオルも海外製品の進出で売り上げ的にも苦しんでいました。「このままでは、お互い先は長くない。この糸にかけよう。」と両者の社長が手を組みました。
しかし、世界初の開発はあきらめる寸前まで何度も追い込まれ、商品化できるまで約2年間かかりました。

そして、いざタオルを販売しようとなった時、採用する問屋が皆無でした。そこで「問屋任せではなく、浅野撚糸のブランドをつくり自分たちで直接お客様に販売しよう」ということになったんです。それが、「エアーかおる」です。

でも、「エアーかおる」が完成した2007年5月に1か月で100件近い営業訪問をしましたが、売れたのは50枚。しかも買ってくれたのは、ほとんどが親戚や社員という状況でした。この2007年の売上は全盛期の1/3の約2億3600万円まで落ち込んでいました。社員数も1/3のたったの9名にまでなっていました。

記者発表会が転機に~人との出会いが「エアーかおる」の運命を変える

複数の糸を引きそろえる合糸(ごうし)を行う「合糸機」。

複数の糸を引きそろえる合糸(ごうし)を行う「合糸機」。

―営業活動以外には、どういった取り組みをされていたのですか?

全く売れない状況が続く中、藁にも縋る思いで、大垣市役所記者クラブに浅野撚糸とおぼろタオルの社長、私の3名で行きました。なれない記者会見で汗を流しながら必死にタオルのすばらしさを伝えました。そしたら全ての新聞社が、廃業の淵から立ち直ろうとする企業として、大きく取り上げてくださいました。

これらの記事をきっかけに、東京の問屋さんから声がかかり、東京ビッグサイトでの展示会に初めて出展しました。おぼろタオルとクラレの3社で300万円という出展費用を捻出し、東京ビッグサイトに出展してみたものの、人の多さに尻込みしたり、垢抜けた他社のブースを見てため息が出たりと、思うようにいきませんでした。でも、このまま帰ったら会社が潰れると思い、二日目(期間は三日間)から声がかれんばかりに必死にブース前を通る来場者に訴えました。

すると、展示会である専門誌の社長が当社のブースに取材に来てくれたんです。その方は浅野の話を聞き「浅野さん、3年後、世界に打って出るべきだ。必ず成功する。」「でもそのためにはこの東京ビッグサイトに3年間出展し続けること。日本の一流バイヤーは嗅覚が優れているからこのタオルを必ず嗅ぎつけてくる」「僕の勘は間違いない」と言ってくれたそうです。

でも、出展し続ける資金がなくどうしようと思っていた時、奇跡が起きました。

石の上にも三年~東京ビッグサイトでの出展3年目に状況が一変!

岐阜県にある浅野撚糸本社

岐阜県にある浅野撚糸本社

―「エアーかおる」がヒット商品となった一番のきっかけは何でしょうか?

やはり、東京ビッグサイトへの出展ですね。
経済産業省の新連携支援という中小企業を応援する補助金制度に、浅野撚糸とおぼろタオルで申請したところ、高い競争率の中、採択されました。この事業期間がちょうど3年間だったこともあり、東京ビッグサイトの展示会(年2回)に3年間出展し続けることが可能になりました。

でも最初は展示会に参加しても全く売れず…。
風向きが変わってきたのは3年目の最後の展示会でした。

この土壇場で発表した「エニータイム」という、バスタオルの横幅が半分になったサイズのタオル(バスタオルは約60 × 120 センチメートルだが、エニータイムは約32 × 120センチメートル)が、「エアーかおる」の吸水性という特徴を活かした、今までにない規格のタオルでした。

それは、当社の社長夫人が開発した商品だったのです。開発当初、私たちも売れるとは思わず、売ろうともしませんでした。でも社長夫人は「これは絶対に良い商品!売れないのは、売り方が悪い!」とはっぱをかけられまして。笑
社長も「よし最後の展示会はこれにかけよう」となったのです。

メッセージの発信も、面積は半分、干し場も半分、ハンガー干しもでき、全身が拭けてターバンにもなる。大当たりでした。

社長夫人の「良い商品だから、売り方が悪い」というのがその通りだったということですね。
何と最後の展示会で、ショップチャンネル、三越通販、イトーヨーカ堂、カタログハウスなど超有名企業とたった三日間で5万枚以上の契約ができたのです。奥様、様様です。(社長談)

全国から続々と舞い込む取材依頼!理由は「表彰」と「ストーリー性」

設立50周年を期に誕生したリアルショップ「エアーかおる本丸」。カフェスペースも併設している。

設立50周年を期に誕生したリアルショップ「エアーかおる本丸」。カフェスペースも併設している。

―ガイアの夜明けやカンブリア宮殿、ワールドビジネスサテライトなど数々のメディアで取り上げられるようになった経緯を教えてください。

一つは、様々な賞を受賞できたということだと思います。

当社は2013年に内閣総理大臣表彰の「第5回ものづくり日本大賞 経済産業大臣賞」を受賞しています。

受賞のきっかけは、中部科学技術センターから送られてきた1枚の紙でした。
中部科学技術センターでは、創造的研究開発への意欲向上を図り、科学技術水準の向上と中部地域における産業の発展に寄与するため、優れた研究開発、技術開発を行い、地域産業の発展と産業技術の振興に顕著な業績を挙げた企業の研究者等を顕彰していまして、その案内にたまたま目がとまったんです。
社長に見せてエントリーしたところ、奨励賞をいただきました。これをきっかけに中部科学技術センターから「ものづくり日本大賞」に推薦してもらうことができました。

そして、「ものづくり日本大賞」で経済産業大臣賞を受賞した後に、「がっちりマンデー」から取材依頼をいただきました。

当社としては、今に至るまでプレスリリースを大垣の記者クラブに持っていくということしかしていないのですが、賞を受賞したことにより様々なメディアから取材依頼のオファーをいただけるようになり、それをきっかけにまた取材依頼をいただくという流れで多数の取材獲得につながっています。

―メディア露出は売上アップにもつながりましたか?

カンブリア宮殿の放送後は、世の中の「エアーかおる」が一日でなくなる(推定30万枚)ほどの大反響でした。一時期は8か月先まで発注が埋まるという状況でした。後々、番組ディレクターから聞いたところによると、視聴率はよかったそうです。

日の目を見ない倒産寸前の会社が自社商品を開発してV字回復を果たしたというストーリーが視聴者から「がんばれ日本の零細企業」という応援と重なったようです。

「撚糸」に誇りを持ち、世界進出への第一歩を踏み出す

エアーかおる本丸内の「アウトレットルーム」。年3回のアウトレットセールと同商品を常設。

エアーかおる本丸内の「アウトレットルーム」。年3回のアウトレットセールと同商品を常設。

―開発当初はどういったコンセプトを掲げていたのでしょうか?

製品名の「かおる」は「K(クラレ)A(浅野)O(おぼろタオル)L(リブ)」から考案し、3社の素材と技術と感性が生きるという意味を持たせています。そして、もう一つ「かおる」は日本の女性の名前、「世界一の技術と機械」が創ったメイドインジャパンのプライドです。さらにはこの女性は社長夫人がモデル。「残った社員を、下請け工場を幸せにしたい」という思いが込められています。

―2019年にはオフィシャルショップもオープンされましたね?

安八という地域はこれといったお土産品がない地域なんです。2018年3月に浅野撚糸から500mという目と鼻の先にに安八スマートインターチェンジが開通したこともあり、2019年10月にオープンした当社のオフィシャルショップ「エアーかおる本丸」を観光施設にしたいという話がでたんです。そこで、観光客にも楽しんでいただけるように物の販売だけではなく、浅野撚糸に取材に来てくださった署名人のサインや「スーパーZERO」の特許証のレプリカを飾るなど、いろいろ楽しんでいただける仕掛けをしています。

工場も50年が経ち、色あせていたのですが、「エアーかおる本丸」オープンと同時に外装をきれいにして「エアーかおる」のロゴをつけるなどして、ブランディングを意識した取り組みをしました。

―「エアーかおる」は(エニータイムの場合)1本1,980円と普通のタオルより少し高く感じますが、購入目的の内訳はどういった感じでしょうか。

オフィシャルショップ「エアーかおる本丸」の場合、全体の30%が贈答用、70%が自宅用など一般用途という状況です。リピートして購入してくださる方が圧倒的に多いですね。

当社がタオルを発売する少し前に、今治タオル工業組合が佐藤可士和さんを迎え『今治タオル』のブランディングに成功し、今治が「タオルを買う」文化に変えてくれていたんです。その波に乗ることができたというのもあると思います。

―今後の展望をお聞かせください。

将来もタオルメーカーになるつもりはありません。これからも撚糸を販売する手段としてタオルを販売していきます。オリジナルブランドを作ろうと思った時は想像もできませんでしたが、今は、今治や泉州などのタオルメーカーも浅野撚糸の糸を使い、商品を作ってくれています。

浅野撚糸の糸を使った製品を世界中で販売できるようになれば、撚糸産業がもっと発展します。世界に勝負する第一歩として、2022年には「SUPERZEROミル(仮)」という撚糸工場が、福島県の双葉町という所に完成予定です。

双葉町は東京電力福島第1原発事故に伴い帰還困難区域となっていましたが、今年3月に一部地域が解除されました。本来は、「SUPERZEROミル(仮)」で作った撚糸で商品を製造予定でしたが、町長が2022年まで待てないと2020年4月11日に双葉町と浅野撚糸が共同開発したタオル「ダキシメテフタバ」の販売を開始しました。

この「SUPERZEROミル(仮)」を拠点とし、全世界の繊維メーカーが浅野撚糸の糸を使うといった状況にしていきたいというのが今の目標です。

エアーかおるについて

浅野撚糸株式会社「エアーかおる」

浅野撚糸株式会社「エアーかおる」

唯一無二の撚糸『スーパーZERO』の開発に3年、三重県津市のおぼろタオル株式会社と共同でのタオル開発に2年の歳月を費やし2007年6月に販売を開始。

優れた吸水性や肌触り、速乾性などの高い機能性を持つことから中部科学技術センター奨励賞や第5回ものづくり日本大賞 経済産業大臣賞、平成26年度 文部科学大臣表彰科学技術賞受賞、2018年日本ギフト大賞、2018年度第9回百貨店バイヤーズ賞リビングベストセラー賞など、数々の賞を受賞。
発売から13年で流通枚数累計1,000万枚を突破する大ヒット商品に。

浅野撚糸株式会社、広報担当者プロフィール

浅野撚糸株式会社 河合達也(かわい・たつや)さん

浅野撚糸株式会社 河合達也(かわい・たつや)さん

浅野撚糸株式会社 常務執行役員
河合 達也(かわい・たつや)さん

アパレル会社営業を経て、繊維調査会社に勤務していた際、浅野撚糸の調査をしに行ったのが出会いの始まり。毎年1回決算報告書ができる際に伺い話をしていた。社会保険労務士もしていることを話していたらそのことも覚えていて、その後、社会保険労務士として浅野撚糸とクライアント契約していたが、「エアーかおる」の発売が決まった2006年11月にアパレル企業での営業経験もあったことから声をかけられ入社。
「エアーかおる」のネーミングやカラーバリエーションを決める際にも同席。さらに、「エアーかおる」がヒットするきっかけとなった補助金申請や展示会でのプレゼンを担当するなど、同商品ヒットのキーパーソン。

浅野撚糸株式会社(http://www.asanen.co.jp/

1969年12月設立。岐阜県安八町が本社。
低コスト化の波により海外へ仕事が流れ、撚糸産業が衰退の一途をたどり、2007年には売上が2億3,600万円まで落ち込む。しかし、「ナンバーワンよりオンリーワン」を目指し、吸水性に優れた撚糸『スーパーZERO』の開発に成功。おぼろタオルと共同開発した「エアーかおる」により2019年度には売上が23億円までに成長。2022年には、福島県双葉町に新たな撚糸工場「浅野撚糸双葉スーパーゼロミル(仮称)」が完成予定。世界に『スーパーZERO』を発信していく拠点となる。

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