今夏、日本テレビで浜辺美波さんと横浜流星さんが主演を務める「私たちはどうかしている」というドラマが放送されていたこともあり、和菓子の世界に興味を持ち始めた方も多いかもしれない。
実は、私はもともと和菓子が大好き。特に、季節感と職人の技を感じることのできる「練り切り」が好きで、会社の近くの老舗和菓子屋に立ち寄り買って帰ることもあるほど。抹茶か日本茶を用意して、普段は棚の奥にしまってある食器を出して、ちょっと大事に食べたくなる、そんないつもとは少し違う時間を過ごせるのも和菓子の楽しみの一つかなと思っている。
ただ、思い返しても「ようかん」は自分で買ったことがない。私の中では、田舎に遊びに行くとおじさんやおばさんがお茶と一緒に食べているお菓子というイメージだった。
そんな「ようかん」をアレンジした商品が老舗和菓子屋で驚くほど売れているという情報をキャッチ!その名も「スライスようかん」。
確かに、ありそうでなかった商品。でもなぜそんなに売れたんだろう?なぞは深まるばかり。考えてもわからないので、(おそらく広報担当社員はいないだろうと思いつつも)思い切って正面から取材を申し込んだ。
すると、「スライスようかん」の考案者である女将が直々に返答をくれた!
嬉しい!早速、私もオンラインショップで「スライスようかん」と1803年の創業より作り続けているという代表銘菓「烏羽玉(うばたま)」、ちょっとポップなお菓子「焼きカカオ」をお取り寄せ。
ようかん一切れは食べきれない私でも、トーストと一緒に「スライスようかん」をいただくとジャムとはまたちょっと違う甘さがトーストの香ばしさと相まって美味しい!そして、(後々、女将が配合を考えたということを知った)「焼きカカオ」もサクサクで美味しくて子供たちに大人気。大人は「烏羽玉」の黒糖の濃厚な味やなめらかな舌ざわりを楽しませてもらった。
美味しくすべてのお菓子をいただいた翌日、亀屋良長の女将さんであり、吉村和菓子店・店主でもある吉村由依子さんに、「スライスようかん」のヒットの軌跡を伺った。
(編集部・若林)
この記事の目次
女将が抱えていた「モーニングルーティンの面倒くささ」から生まれた新感覚・和菓子
―どういった背景で「スライスようかん」を発案されたのでしょうか。
ようかんって和菓子の中でもベーシックなものなので、それを売らないという選択は簡単だけど、それはどうなのかという想いはありました。だから、ようかんを使った商品を開発しなくてはということではなかったが、細々とでも残したいと思っていました。
「スライスようかん」はスライスチーズみたいなようかんがあったら楽だなと、本当に冗談半分で作ったので、これほど売れるとは思っていませんでした。
うちには息子が二人いて(当時、小学校2年生と中学1年生)、お兄ちゃんは甘いものが得意じゃなくて朝はチーズトーストを食べていて、弟は甘いものが好きで、ジャムやあんこといったパンに塗る系のものをつけて食べていたんです。でも、あんこは冷蔵庫で保存しておくと固まって塗るのも面倒だなと、ボロボロしちゃいますしね。かたやスライスチーズは簡単だし楽だな~と。もうスライスチーズ考えた人天才!って思っていました。
この頃から、あんこをスライスチーズのようにできないかと、なんとなく構想は頭の中にありました。これが2018年6月くらいですかね。でも、すぐに商品化したわけではないんです。
最初に「スライスようかん」を販売したのは、2018年10月で、2週間くらい行われた百貨店の催事でした。その催事が「あんこ」にまつわる商品を提案してくださいというものだったので、頭の中にあった「スライスようかん」のアイディアを具体的な形にして、お試しで作ってみたというのが最初のきっかけです。
この催事だけですぐ終わる商品かなと思っていたんです。(笑)
百貨店の催事に合わせ、わずか1か月弱で商品化を実現!でも売れない…。
―女将さんは吉村和菓子店の店主でもありますが、ご自身で商品化されたのですか?
ようかんは自分で作ったことはなくて。当時も亀屋良長のお手伝いはしていましたが、実際、工場に入って毎日の製造を手伝うということはしていませんでした。お菓子の試作などはちょこちょこしていて、「焼きカカオ」は私が配合を考えたりしたんですが、和菓子は知識だけで作るというところまではいってませんでした。
なので、職人にアイディアを伝え、イメージするものを作ってもらいました。
スライスするのにピアノ線を使っているのですが、“つぶあん”だと皮がひっかかってしまうので、最初は“こしあん”を使ってほしいとお願いしたのですが、あんこの味があまりしなくて。“つぶあん”で試行錯誤を重ね、最終的に“つぶあん”をミルで粗くひいてから使うようにしました。やっぱりあずきの風味は“つぶあん”のほうがよく出ると思います。
―ご苦労されたことは?
丹波大納言あずきを使っているのですが、色々な産地のあずきを試してみた結果、当主がやっぱり丹波大納言あずきでいきたいということで。それでちょっと商品価格が高くなってしまってはいるのですが。
後は、厚みですね。2mm、2.5mm、3.1mmの3パターンで試作して、2.5mmに決めました。百貨店の催事に合わせて、1か月弱で試行錯誤し、なんとか間に合わせました。
―催事での売れ行きはどうでしたか?
最初はそんなに売れなかったんです。でも百貨店のバイヤーさんがすごく気に入ってくださって、売り場にトースターを出してくれて、試食ができるようにしてくださったり、すごい頑張ってくださいました。
今はあんこバター2枚入りでワンセットなんですが、当初(催事のときも)は「あずき」と「さつまいもようかん」、「フランボワーズようかん」の3枚でワンセットだったんです。いろんな味が試せる方がいいかなと思ってそうしていたのですが、「あずきだけのないの?」というお声をちょこちょこいただくようになって、お客様は色々食べたいというより、あずきが食べたいのか…とわかりまして。じゃあ、あずきだけで販売しようとなり、販売から半年後の4月に今の形になりました。そのときにようかんの上にバターようかんをのせるという変更もしました。
発売してから半年くらいはあまり売れなかったんです。でも半年後くらいから取材が入るようになって、そこから一気に売れだしました。
「食パン」ブーム到来~取材が増えると売れ行きも好調に
―なぜ取材が入るようになったのですか?
最初はNHKさんが朝の番組のアイディアコーナーで珍しい商品として紹介してくださいました。それ以外にも、なぜ色々取材が入ってきたか…、(考え中)…ちゃんとした理由はわかりませんが、その頃「あんバタートースト」とか「高級食パン専門店」のブームが来ていたようなんですね。知らなかったのですが。(笑)
だから、タイミングもよかったのかもしれません。ブームに乗った面白い商品があると。
「スライスようかん」は、人の手で一枚一枚スライスしたりシートで挟んでいるので、製造に人手がかかっていまして。あと、どれくらい売れるかもわからないので、京都限定で販売していました。なので、最初は京都や関西のメディアが取り上げてくれました。
―このメディアに出てから売れ行きが変わったというメディアはありましたか?
「坂上&指原のつぶれない店(TBS)」ですね。この番組に取り上げていただいてから、お客さまが店頭で「スライスようかん」を目にした際も『あっ、これ見たことある』というようなお声を聞けるようになるなど、全国的に商品の認知が広まったなという感じはありました。
それまでは、テレビで放送された場合、当日と翌日はネットショップにすごくアクセスいただけるのですが、それ以降ストンと落ちていっていたんですね。ただ、その頃になると、放送後はもちろん売れ行きは急上昇するんですが、その後も息長く売れてくれる商品になりました。
今はコンスタントに売れていく商品になっています。
「伝統の再構築」で、新たな挑戦がしやすい社風に
―当主も普通のようかんより売れる商品になるとは思っていなかったのではないですか?
当主も最初はどうせそんな売れる商品にはならないだろうから、手間はかかるけど、まぁいいよといった感じだったんです。だから今の状況はみんな驚いていると思います。(笑)
ようかんが年間7万5千円しか売れていなかったのですが、販売一年目で700万円売れまして。発売から半年は全く売れていなかったので、その後の半年ですごく購入いただいたという感じですね。今、発売から1年11か月くらい経ったのですが、2年目はそれ以上に売れまして、ようかんが年間で7万5千円しか売れなかったときと比べると、約500倍くらいになっています。
―創業1803年の老舗和菓子屋さんで、伝統を重んじる雰囲気があるのかなと思ったのですが、意外とすんなり「スライスようかん」を発売できたのですね?
10年前くらいから新しい試みを色々始めています。伝統は先人が積み重ねてくれた智恵で、これからも積み重ねていくんだという思いのもと、その間で職人さんが入れ替わったりもしましたが、新しいことに挑戦する亀屋良長をみて、入社を希望して入ってきてくれた発想の柔軟な若い子も増えました。
主人(当主)も昔は頭が固くて。(笑)でも、10年前くらいに瞑想のヨガを始めて、先生に“こだわりを捨てなさい”と言われたみたいで。京都の和菓子屋なんで、こだわってなんぼと思っていたんですが、そういわれて振り返ると無駄な執着があったなと気付いたようで、考え方が柔軟になったみたいです。それから、他社とのコラボを積極的に行ったり、カカオといった素材を使うのもチャレンジとしてとらえてくれるようになり、「スライスようかん」のときは、とりあえず、なんでもやってみようという姿勢だったんです。なので、作り方や味に関してもすごくアドバイスしてくれました。
京都の中では好き勝手やっている京菓子屋と思われているかもしれません。(笑)
今はまた、日本文化が見直され始めていますが、結婚した20年前は自分も20代で、友達の家に行く際の手土産に和菓子という選択はなかったんですね、洋菓子のほうが選びやすかったので。デパートに行って和菓子屋を見ても、何を買っていいのかも全然わかりませんでした。そういった実体験もありますし、和菓子屋に嫁いでからも、お客様で20~30代の方はほとんどいらっしゃらず、50~60代の方ばかりでした。
だから、今の若い子たちが、50~60代になって和菓子を買うかというとそうではなく、今の50~60代は小さい頃から和菓子になじみがあったんだと思うんですね。和菓子をお土産で差し上げるということも普通にあったと思いますし。
なので、若い子に食べてもらえなくてもいいから、取り敢えず目に留めてもらうきっかけでいいので新しい和菓子を作っていかなくてはいけないんじゃないかという危機感がありました。きっかけは、「なんか可愛い」とかでもいいと思うんですけど。でも、老舗和菓子屋の旦那衆に言わせると「かわいい」とかで買ってほしくないとか言うんですが。(笑)
でも、やはり目に留めてもらうことが大事だと思って、伝統的な素材を使いながらもお菓子の見た目やパッケージを可愛くして目に留めてもらいたいなというのはありました。
―外国人観光客もお土産として購入されるケースが多いのでしょうか?
いえ、和菓子は人気のようですが外国の方は全然ですね。日本のスーパーで売っているお菓子ってすごく良くできていて、味もいいし、手ごろな価格ですよね。なので、そういったスナック菓子を大量に購入されている方が多い印象です。純粋な和菓子はまだ浸透していなくて、花鳥風月といった季節感に価値を見出すといったとこまではいっていないと思います。一部、外国人でも好きな方はいらっしゃるんですが、日本人でも和菓子から伝統や四季を感じるって難しいですからね。
なので「スライスようかん」も外国人の旅行者をターゲットとして考えたことはなかったです。
今は、比較的若い方がネットショップや店頭で購入してくださっています。「京都に行ったら買ってきて」と言われて、大量に購入してくださる方もいます。割とまとめ買いされる方が多いかもしれません。
当主のTwitterは開始半年で1.2万フォロワー、苦手だった「広める」ことができるように
―SNSで注目を集める和菓子としても「スライスようかん」がWebメディアで取り上げられていましたね。ドラマ「私たちはどうかしている」がテレビで放映されているということで、和菓子屋さんたちが『落とし文』を作ってアップするという流れがあったということもあり、亀屋良長の当主もTwitterに“作ってみました”って投稿されていましたが、和菓子屋の当主や女将さんがTwitterを運用するって珍しいですね。いつから始めたのですか?
Twitterは結構最近ですね。まず、当主が4月に始めて私が5月終わりころから始めました。新型コロナでお客様もガクンと減ってしまい、外部のアドバイザーがTwitterをやった方がいいですよとおっしゃって。それまでTwitterをやったらどういう効果があるかもわかっていなかったんですが、まずは始めてみたんですね。
Instagramはその前からやってはいたのですが、片手間でやっていたような感じだったので、ある意味時間もできましたし、“できることはやっていこう”と取り組んだらフォローしてくださる方も増えまして。
―当主は今年4月から始めて1.2万フォロワーでびっくりしました。
たまたま1つの投稿が反響を呼びまして。
寒天に水の波紋をジュッジュッって焼いて入れていくお菓子があるんですが、投稿することがなくて困ったときにそれを投稿したら、すごい再生回数になったんです。その時に一気にフォロワーが7000程増えました。
寒天に波紋をつけています。 pic.twitter.com/uuQD143U63
— 亀屋良長 吉村良和 (@yoshimura0303) June 27, 2020
もう、本当にびっくりしました。見ているうちにドンドン数字が増えていくんですよね。まだこっちも慣れていないので、これどうやって対応するの?と。(笑)
うちは、考えたり作ったり売り出すのは得意なんですが、“広める”というのが苦手だったんです。広める手段がなかったというか。それが、SNSを活用することで、こんなにも簡単にお知らせすることができるということがわかり、なくてはならないものになってきています。
SNSは、DMで直接やり取りもできるので、当主のアカウントに「売ってほしい」といったDMが届くことや「美味しかったです」みたいなお声をいただくこともあり、いい感じで運営できています。こうやって、メディアで取り上げてもらったり、SNSを始めて本当に状況が大きく変わりました。今までは、百貨店の広告に掲載いただいたり、HPで告知してもらうということだけで、自社で何ができるか全くわかっていなかったので。
シリーズ展開を視野に、老舗和菓子屋の看板商品へ
―トーストにあんこを乗せるのは愛知県っぽいですが、京都のお菓子屋さんで意外でした。
「スライスようかん」の販売当初に、愛知の名古屋で催事があったので、どんな反応を得られるか出展してみようと行ったのですが、「あぁ、あんこトーストね」とトーストにあんこをのせるのが当然なので、素通りされるというか、ほとんど反響はありませんでした。当たり前すぎてダメだったみたいです(笑)
―今後について
来春には、半分があずきで半分がフランボワーズの「スライスようかん」を販売したいと思っています。
「スライスようかん」と代表銘菓「烏羽玉」が亀屋良長の2トップで頑張ってくれているので、今後はどちらもシリーズ化していければと思っています。
スライスようかんについて
女将が息子さんの朝食を準備している際に、あんこもスライスチーズのように簡単にパンにのせられれば良いのに…と思ったことから生まれたヒット商品。丹波大納言小豆の粒あん羊羹に、沖縄の塩を効かせたバター羊羹とケシの実をトッピング。羊羹を薄いシート状にすることで、トーストにのせて焼くだけで、自宅で手軽に”小倉バタートースト”ができる。
京都本店や京都府内の百貨店、ネットショップで常時販売しているほか、期間限定で都内での販売を行っていることも。1袋2枚入りで540円(税込)。